介護福祉士・モデルの上条百里奈「人生のクライマックスを豊かに」

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モデルと介護福祉士の二足のわらじを履いて活躍する上条百里奈さん(30)。介護の現場で働きながら、大学の講義やトークショーなどを通じて、介護の仕事の魅力を伝えています。若者が介護や福祉の現場を体験する番組「にっぽんの要~わかる・かわる介護・福祉~」(BSフジ)にも出演中です。上条さんに介護にかける思いを聞きました。

8割の高齢者が「死にたい」……命を救うとは

――介護の仕事は、「3K(きつい、汚い、危険)」と言われることもありますが、目指したきっかけは何だったのですか。

命を救う仕事がしたくて医療職に憧れ、ナイチンゲールやマザー・テレサにまつわる本ばかりを読むような子供でした。夢が変わったのは、中学生の時です。職業体験学習で希望した病院に行けず、渋々行った老人ホームで介護に出会いました。

そこでは、おばあちゃんの食事の介助を任されたのですが、職員さんから「これが人生最後の食事になるかもしれない。だから、大切に介助してくださいね」と言われました。でも、うまくご飯をあげられなくて……。落ち込んでいた私に対し、おばあちゃんがうれしそうに何度もお礼を言ってくれたんです。それが、すごく衝撃的でした。

私だったら怒るかもしれない場面で、感謝してくれる。「お年寄りってなんて素晴らしいんだろう。大人になるって、こういうことなのか!」と感動し、高齢者ともっと触れ合いたいと思うようになりました。老人ホームにお願いして、翌週から土日はボランティアとして通う日々を過ごしました。

――実際に介護の現場に立つようになってみて、いかがでしたか。

学校の成績が良くなくても、足が遅くても、そんなの全然関係なく、私の存在そのものを喜んでくれるお年寄りがたくさんいらっしゃいました。優しい時間でした。

その一方で、接した高齢者の8割が、生きたい明日を持っていないという現実にも直面しました。医療のおかげで命は助かったのに、何をしたいかと尋ねると「死にたい」と答えるお年寄りが多かったんです。命を救うとは何かを考えさせられました。

生きるというのは、心臓の動きや血圧の数値といった医療の側面だけでなく、その人が「自分らしく生きている」と思えることなのだと思います。

――介護の仕事の魅力を教えてください。

んー、たくさんあって伝え切れないですが……介護職で良かったと思ったのは、あるおじいちゃんからもらった言葉です。月に1回、ショートステイで3年間施設に通っていた方でしたが、体調があまり良くないと聞き、来所された際に声をかけに行きました。つらそうに車いすに座っていたおじいちゃんは、「良かったー、会えて。俺そろそろ逝くからさ、どうしてもゆりちゃんに最後にお礼が言いたくて今日来たんだよ。どうもありがとう」って。その3日後に亡くなりました。

人生の最後にお礼が言いたい相手になれることは、そうそうあることではありません。深く長く関わり、存在が価値になる介護職だからこそもらえた言葉だと思いました。夜勤もありますし、体力も感情もたくさん使いますから、大変なのは否定できません。

でも、これほど魅力的な仕事が大変じゃないはずがないんですよね。

腹黒い?・・・公共の電波を使いたくて始めたモデル

――モデルの仕事も、介護のために始めたとか。

そうですね。公共の電波を使って、介護の現場から見える社会の問題点などを発信したいと思い、始めました。その当時、頭や肩、腰まで床ずれの症状が出て、骨も見えている状態で緊急入所されてきたおばあちゃんがいました。

旦那様に聞くと、恥ずかしくて「助けて」と言えなかったそう。介護業界には、いろんな課題がありますが、歳を重ねる中で介護が必要になった時に、当たり前に「助けて」とSOSを出せない社会のあり方に疑問を持ったんです。

「風邪ひいちゃった」「ニキビができちゃった」といった話題と同じように、認知症になったことや介護が必要になったことを話せる社会になってほしい。そのために、発言する力が欲しいなって。私、腹黒いですよね(笑)。

――それにしても、モデルと介護福祉士、かけ離れたイメージの仕事ですね。

そうですね。けれど、モデルをしてみて、介護福祉士としても新しい発見もありました。介護の現場って、出会う人が限定されがちで視野が狭くなってしまいます。モデルの仕事を通して、いろんな企業の方と接することで、少し離れた距離から介護業界をふかんして見ることができるようになりました。

介護の魅力を広く伝えるためには、どんなアプローチが必要なのかが少しずつ分かってきたように思います。ただ、今は介護現場の研究に取り組んでいて忙しいので、介護がメインの生活を送っています。

三本柱でマルチに取り組み、介護の魅力を「発信」

介護の現場で働く上条さん

――現在、30歳。大学の非常勤講師や研究職員、トークショーのゲストなど、多方面で活躍していますが、20歳の頃に今のキャリアを描けていましたか。

全然想像していませんでした。学生の頃は、人前に立ったり、注目されたりするのがとても苦手で。介護はしたいと思っていたけれど、こんなに人前に立つなんて、当時は思ってもみませんでした(笑)。でも、「人生のクライマックスを豊かにしたい」という夢は、20歳代の頃からずっと変わっていません。

――「人生のクライマックスを豊かにしたい」とは?

介護は、相手と関係を築く中で、その人がこれまでどんな人生を歩んできたのかを知り、一緒に未来を創造する仕事でもあります。そうすると、最後に看取った時、まるで映画を1本見終わったような気持ちになるんですよね。悲しみや寂しさとは別に、心がその人のストーリーでいっぱいになる。だからこそ、全ての物語のクライマックスは、ハッピーエンドであってほしい。

「生きていてよかったな」と思える100歳がいてくれる――それは、社会の希望にもなると思います。そういう高齢者を増やしていきたいし、私自身もそんな100歳になりたいな。

――介護福祉士として挑戦したいことを教えてください。

引き続き、現場の仕事を頑張りたいです。それと、実は発信者になってみて、発信することの限界を感じていて……。何も伝わらなかった時に、それでも社会を動かす力がほしいと思うようになりました。確固たる証拠で介護の制度を変えられるよう、これからも研究を頑張っていきます。

「現場」と、そこで見つけた課題の「研究」、そして、それを次世代に伝える「教育」――。この三つを柱に、マルチに介護の魅力を発信していきたいですね。

(取材/読売新聞メディア局 安藤光里)

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上条百里奈(かみじょう・ゆりな)
モデル、介護福祉士

 1989年、長野県出身。介護福祉士として働きながら、モデル、講演、研究などの活動を続けている。2019年から白梅学園大学の非常勤講師を務めるほか、東京大学政策ビジョン研究センターで介護分野の研究に協力。テレビ番組「にっぽんの要~わかる・かわる介護・福祉~」(BSフジ)に出演。