変わったスタバネームの女性がカウンターでスゴんでいたワケ

岡田育「気になるフツウの女たち」

一日に大量の客をさばくコーヒーショップチェーンでは、注文レジと受け取りカウンターとが分かれていて、流れ作業でドリンクが作られる間、客の行列も横へ横へと流されていく。渡されたレシートに記載の番号で商品を受け取る。あるいは、伝えた名前がカウンターで呼ばれるのを待つ。万国共通の光景だ。

最初にレジで「What’s your name?(名前は?)」とかれて驚いたのはいつだろう。スターバックスコーヒーが日本に上陸した1996年、私は高校生だった。東京・御茶ノ水にあった店舗は当時、ちょっと割高なためガラガラに空いていて、脚の短いふかふかのソファをはじめとするインテリアが、とびきりおしゃれに感じられたものだ。バリスタって何語なんだろう。どうしてレジとカウンターが別なんだろう。いくつも疑問がわいたが、あの店がレジで名乗る方式だったかはおぼえていない。

となると「名前は?」の洗礼を受けたのはその何年も後、海外のスターバックスに初めて入ったときだろうか。25年前、東京のスタバはゆっくり優雅な時間をたのしむ店だったが、旅先の空港で立ち寄ったスタバはとにかく利用客が多く、日本でいう立ち食い蕎麦そば屋に近い殺伐としたスピードで、次々と注文がさばかれていた。なるほど、これならレジとカウンターは分けたほうがよい。最近は日本のスタバもちょっとそんな雰囲気へ傾いていて、時の流れを感じる。

コーヒーチェーン、簡単な英語名を名乗る

名乗り方式のコーヒーチェーンは、もはや世界中どこにでもある。紙カップに油性マーカーで名前を書かれ、それを店員から大声で呼ばれるのにも慣れたし、レジからカウンターまでの伝言ゲームで、自分の名がまるで別物に変わっているのにも慣れた。「いく」と伝えても「PQ」と書かれたりするし、男性名「アイク」と読まれたりもする。だいたい40%くらい合致していれば、まぁ自分だろうと思って取りに行く。

タカヒロやバビヤやヨンジンなど、さらに複雑な名前の人々はみなすっかり諦めて、ジョーやミミやアナなど、短くて簡単な英語名を名乗っている。その場限りの関係だから本名を言う義理なんかないし、そのほうがお互い効率がよいのだ。こうした「スタバネーム」をそのまま英語圏での通称にする外国人も多い。クリスティンやセバスチャンやジェイディスといった、微妙に長い名前の人々も、キャットとかスパイクとかムーンとか、適当な単語を名乗っていたりする。

ある朝、ニューヨークはユニオンスクエアのスターバックスで、店員が大声で「セヴン!」と呼んだ。数字の7。「ダブルエスプレッソの、セヴン!」と二度呼ばれて、若い女性がカウンターに向かう。腰まである長い茶の髪、くたびれた白いダウンジャケットに、巨大なバッグを抱えている。スカートとロングブーツの間には、タイツではなくレギンスが覗いていた。

早朝からジムへ行った帰りだろうか。これから遠出するのだろうか。もっとカッチリした服の勤め人とも、もっとラフな服で身軽な学生たちとも違う、なんだか独特のオーラがある。それは華やかというより、「凄味すごみ」のようなものである。

受け取りカウンター付近では、このセヴンのほか数名が順番を待っていた。大荷物を抱えてカウンターに両手をつき、みんなの視界を塞いで空間を一気に占拠したセヴンは、中サイズの紙カップを受け取って、そのままカウンターでぐいーっと一息にあおった。エスプレッソにしては紙カップが大きすぎないか、と感じたのは、彼女がそれを飲み干して勢いよく叩きつけてからだ。酒場でテキーラショットを飲んであの小さなグラスを置くときの仕草なのである。

スタバのカウンターでそんなことをする人は初めて見た。渡した店員もちょっとひるんでいたが、迷惑行為というほどでもないので、また淡々と次の客の名前を呼んでいく。マイケル、レイ、イッキュー。最後のはたぶん私だ。前の二人に先を譲りながらカウンターへ近寄ると、セヴンはまだそこに両手をついて、堂々と空間を塞いでいた。隙間を縫うように斜めの位置からカップを受け取る。あんたもう飲み終わったんでしょ、なんでまだ立ってるのよ。誰も口にしないが誰もが頭に浮かべた疑問に、セヴンは答えた。「あたし、次を待ってるの」。

徹夜明け? 身に覚えある姿

セヴンは複数注文がばらばらに到着するのを待っているのだった。いま飲む用と、持ち帰り用。さっきのダブルエスプレッソは、レストランでオーダーしたテイクアウトメニューの包みが出来上がるまでの間、バーカウンターで一杯ビールをひっかけながら待つ、というような仕草である。どうも彼女がいると、ここが朝のコーヒー屋ではなく夜の酒場に見えてくる。

恰幅かっぷくのいい女性店員が、「あといくつよ、まさか7つなの、セヴン?」と言って笑った。立ち去りかけていたレイと、イッキューこと私も、クスッと笑う。セヴンも破顔一笑、「や、あと3つ、ソーセージパイとスコーンのあたためと、ソイラテを待ってるの」と答える。朝っぱらからよく食うな。

ついさっきまで、立ち飲み居酒屋にいる目の据わった常連客みたいな凄味を放っていた同じ人物が、ただの腹ペコのお嬢さんだと判明した。他の客もいるんだからちょっと横によけて待ちなさい、とおばさん店員に手で示され、おとなしく従っている。その鈍い動きを見て、徹夜明けだったりするのかもしれない、と考えた。

我が物顔でカウンターを占拠していたのではなく、一歩も動きたくないほどぐったり疲れていたのだ。そして、酒に酔っているのではなく、眠くてフラフラしていたのだろう。かけつけのエスプレッソで無理矢理に目を覚ますまで、周囲もよく見えていなかった。なんとなく身に覚えのある姿である。

どういう経緯でスタバネームを「セヴン」にしたのだろう。大家族で七人きょうだいの末っ子だとか。本名が、スヴェトラーナ、みたいな似た響きだとか。パートナーの愛称がイレヴンだとか。あるいは日本の漫画『NANA』のファンだとか? 一期一会のすれ違い、質問する暇もなかったけれど、勝手に答えを考えてみる。すぐ忘れてしまうような小さな出来事が、彼女の「名前」とともに強く印象に刻まれた。ニューヨークの朝、時刻はたしか7時くらい、だったような。

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岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。米ニューヨーク在住。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、『天国飯と地獄耳』(キノブックス)ほか。最新刊は、大手小町での連載をまとめた『40歳までにコレをやめる』(サンマーク出版)。本連載では挿絵も担当。http://okadaic.net/