CAから個人向けスタイリストに…転身する勇気が持てたワケ

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東京・青山のブティックを一緒に訪ねて、ストールを選ぶ2人の女性。「結び方で印象が変わりますね」「今の服にも合いますよ!」と楽しそうに会話しています。そのうち1人は、個人向けにスタイリングやファッションのアドバイスをする「パーソナルスタイリスト」の霜鳥しもとりまき子さん。霜鳥さんは日本航空の国際線客室乗務員として勤務した後、パーソナルスタイリストの活動を始め、これまでに約1万1000人の顧客と接してきました。30歳を過ぎて新たな道へ挑戦した霜鳥さんに、現在に至るまでの思いや、後進の女性たちへのエールの言葉を語ってもらいました。

「服で、こんなに幸せ」を体現

――「パーソナルスタイリスト」とは、どんなお仕事ですか。

ご紹介やインターネットなどを通じてご依頼をいただいたお客さまの悩みやご希望、予算をうかがって、カウンセリングをします。そこで構築したスタイルを洋服に落とし込んで、その人らしい装いを作るためにショッピングに同行して、アドバイスする仕事です。お客さまのご自宅にうかがってクローゼットをチェックしたり、美容院などに同行したりすることもありますね。

――どういった方が利用しますか。

様々な年代の方がいらっしゃいます。たとえば30代、40代ですとだんだん体つきも変わってきて似合う服が変わってきますし、人生の転換期を迎えて、それに合わせてご相談を受けることがあります。総合職としての自分とか、管理職としての自分とか、ワーキングママとしての自分とか……。肩書に合わせて服を着なきゃいけないこともあって、その時に急に何を着たら良いか分からなくなるそうです。私たちはたくさんの例を見ているので、「あ、それだったら、ここにありますよ」とお話しして、服を一緒に選びます。

――心掛けていることはありますか。

私自身が「服で、こんなに幸せ」というのを体現すること。私に会いたいと思ってくださるような、サプライズで楽しい装いを心掛けています。私は今、45歳で金髪にしていますが、「それも、『有り』なんですね」と言われます。もちろん否定的な意見もありますけど、そういうのも装いを考えるきっかけの一つになればうれしいです。

意外と個性あふれる女性の集団と10年

――日本航空に就職する前は、どんな学生生活だったのですか。

大学で東京に来ました。専攻が黒人文学で、仲良くなったのは非常にユニークな人ばかり。ドレッドヘアの子がたくさんいましたね。彼女たちは「自分はこれが好きだからする」「自分はここに行きたいから行く」と自らの考えで動く子たちばかりだったんです。

私の地元はとても田舎で、「価値観は一つ」という閉鎖的なところでした。ところが、私の母がユニークな人で、髪を突然、紫色にしたり、アフロヘアにしたり、まわりでは珍しかったピアノ教室に私を通わせたりして、いろいろ目立っていました。自分の親に向けられる周囲の視線を感じていたので、「うちの親はちょっと変わっている。私は地味に生きた方がいい」と思って、高校までは注意深く、静かに目立たないように生きていたんです。

それが、東京の大学で自分らしく飄々ひょうひょうと生きている人たちに会って、「なんだ、人からどう見られるかなんて気にしすぎないでいいんだ!」って、とても刺激を受けました。私も何が自分に向いているか分からなかったので、大学時代はレストランやバーでアルバイトをしたり、バレーボールの場内アナウンスをしたり、編集のアシスタントなどしたりと、いろいろな挑戦しました。そうした経験もあって、就職活動では出版社やアパレル会社からも内定をいただいたんですが、内定した企業の中で唯一、年齢制限があって、その時しか入社のチャンスがなかったのが日本航空(JAL)だったんです。長年、人々から憧れられている仕事に対する興味と、自分の能力がそこで通用するのかを見てみたいという思いもあり、JALに決めました。

向かって左の一番前が霜鳥さん

――客室乗務員として10年間、乗務しましたね。

アフリカ以外の様々な国際線の路線で乗務できました。クリスマスの時期はお客さまに「メリークリスマス!」とお声がけするんですが、当時、日本人のお客さまは基本的にノーリアクション。ジャンボ機の右側担当だと270人ぐらいにお声がけしますが、ずっとリアクションがないと、かなり切ないものが……。ただ、海外の方はノリノリで「ハーイ」とか「どう、あなたもクリスマス楽しんでる?」とか答えてくれたり、降りるときに「今日、すごいサービス良かったよ!」と話しかけてくれたりしました。

客室乗務員には意外と個性あふれる人がたくさんいました。「海外でも『フジッコのおまめさん』しか食べません!」と大量に持参してくる人とか、美人なのになぜか私服が常にレオタードみたいな人とか。あれだけの数の女性の集団に入ったことがなかったので、「え、人ってこんなに違うの?」って驚きました。

同じ制服を着て、同じ目標のもとに働いている。でも、ホテルでの過ごし方とかお金の使い方とか、考え方や生活スタイルがそれぞれ違っていて、みんな楽しそうなんです。ただ、世の中のすべての人が自分らしく生きられているとは限らない。それぞれ奥底の考え方は違うのだから、みんなが何らかの形で思うように生きていけたらいいな、それを手伝える役割ってないのかなって、ぼんやり思い始めました。

制服と「パーソナルショッパー」との出逢い

――もともとファッションには興味があったのですか。

ありました! 海外では時差があって、よく変な時間に起きてしまうんです。そんな時に一番はまっていたのが、ファッション雑誌のスクラップでした。フライトのたびに日本から雑誌を10冊くらい持っていっていましたね。それに海外の服も面白くて、体形を気にしない自由なスタイリングにのめり込んでいきました。

そして、大事な体験だったのが、JALの制服でした。制服を着た時に、それはもう、ものすごい高揚感を覚えたんです。着用した瞬間に気が引き締まる感覚とか、空港で一列になって歩く時の皆さんからの注目とか……。ただの長崎の田舎っぺが、22歳でJALの制服を着た瞬間に、都会の人から羨望の眼差まなざしを受けたんです! そのときに、「服」が一発で印象を変えて、着る人に自信まで与えるんだなって気づいたのです。

そして、30歳くらいの頃のある日、マンハッタンの百貨店「バーニーズ・ニューヨーク」で偶然、「パーソナルショッパー」という人を見かけました。お客さんが年配の女性に対して、仕事の状況とか悩みを熱心に相談していたら、女性が「じゃあ、いろいろ用意してみたので、見てみて」と言って、その場に靴など様々な商品を並べて、説明し始めたんです。その女性が放つ「あなたの内面も外見も分かっているわ~」という不思議な包容力がとってもすてきに見えて、思わず近寄って「なんていう職業ですか?」と尋ねました。すると、「私はパーソナルショッパーよ」って教えてくれたんです。相手の悩みを聞き、それを解決するために一緒に買い物をする仕事。ちょうど私も、もっと人とパーソナルな感じで関わりたいと思い始めていたので、「これって、私が思い描いていた仕事かも!」と興奮しました。

「でも、日本にはこんな仕事はないだろうな……」と思いながら調べたところ、「パーソナルスタイリスト」という存在を知り、師匠となる政近準子さんのもとを訪ねて弟子入りしました。

――客室乗務員を辞めることは躊躇ちゅうちょしなかったのですか。

しませんでしたね~。子供の頃から、課題を全うすれば「クリアした!」と、もう次を考える性格だったからでしょうね。お客さまから「アナウンスが上手ですね」とお褒めの言葉をいただくことが増えて、それで私はもう「この仕事はクリアしたな」って満足してしまって。ただ、主人にも相談せずに会社を辞めたので、「俺はスッチーと結婚したんだぞー」って驚かれました(笑)。

偏見がないのが強み

――30歳を過ぎて新しい世界へ飛び込みましたね。

心の中ではずっと「洋服が好き」という気持ちがあったんですが、思い立ったのが30歳くらいだったので、「そんな年でスタートする人なんていないよね……」と諦めかけていました。そうしたらパーソナルショッパーに出会ったんです。

洋服の勉強は、娘の出産と前後してやりました。百貨店のリサーチは娘を保育園に迎えにいった後、夜7時ごろにベビーカーを押しながら行っていました。そのうち、店員さんたちに「あのベビーカーの人、毎日来ているわね」って、かなり変な人として覚えられ始めて(笑)。すると、年配の販売員の方が「お子さんを抱っこしておいてあげるから、その間にリサーチしてらっしゃい!」と声をかけてくれたり、別の方が「裏に出していない商品もあるから、それも見ていって」と教えてくれたりするようになりました。

あと、私の強みの一つは、「人に対しての偏見がない」ということかもしれません。自分とは考えが違う人もいるけれど、それにも何か事情があるに違いない……と、まずは相手の話を聞く。これも航空会社で、ずいぶん鍛えられたと思います。

洋服の勉強を始めたのは遅かったんですけれど、こうしたホスピタリティーや傾聴する姿勢は、もしかしたら他のスタイリストよりは少しけているかもって気がつきました。よく人から「JAL辞めるなんて、もったいない」「10年もいたのに、どうして」と言われるんですけど、結局、ここに来るまでに紆余うよ曲折がぎっしりあって、今に至っている。たぶんJALにいなかったら、私は今の仕事をできていないと思います。

どんな人でも必ずいいところがある

――大手小町の読者にエールをお願いします。

謙虚はやめましょう! 今の若い女性たちは、もうちょっと自己肯定感が高くてもいいのではと常々思っています。どんな人でも必ずいいところがある。弱みだと思っていることを逆の言い方にしてみると、良いこともたくさん見つかるんです。その良さを認めて、自分の特徴を出す服や外見を作ったら、きっともっと楽しい気持ちになれると思うんです。

そのために、1人でもいいので最高の味方を持ってほしいです。自分の考え方や選択が不安な時に、「いいよね。その考え方、好きだよ」って言ってくれる人がいるだけで、とても心が満たされるんじゃないでしょうか。

服飾の場面で言うと、それが私たちパーソナルスタイリストなんです。お客さまに「それ、似合っていますよ」「大丈夫です」「最高です!」って言える存在。もちろんそれはうそじゃなく、私の場合、これまでに1万1000人の顧客に接したという蓄積があるので、自信を持って言っています。それを聞いたお客さまに「じゃ、前に進んでみようかな!」って気持ちになっていただけたら、本当にうれしいですね。

(取材・文/メディア局編集部 李 英宜、写真/高梨 義之)

霜鳥 まき子(しもとり・まきこ)
パーソナルスタイリスト

1973年、長崎県出身。青山学院大学英米文学科を卒業後 日本航空の国際線客室乗務員に。その後、ファッション業界に飛びこみ、2006年からパーソナルスタイリストとして活躍。これまでに約1万1000人をスタイリングした。2020年1月29日に4冊目の著書「世直しスタイリスト霜鳥まき子の得する黒・損する黒」を出版予定。

 

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