ホンモノ! 「感じ悪いパリジェンヌ」に出会う旅

岡田育「気になるフツウの女たち」

初めてパリを訪れたのは学生時代、もう15年前になる。エッフェル塔へ上ってシャンゼリゼを歩き、ルーブル美術館へ詣でて、子供の頃からテレビや映画で観てきた憧れの聖地を巡礼した。よくおぼえているのは、当時ガイドブックに「フランスでは英語が通じない」と書いてあったこと。

歴史的に見ればフランス語が世界の中心に据えられていた時代が長い。だから今でも、イギリスの言葉なんか絶対使わないぞ、という人も少なくない。そう脅されて、日常会話のフレーズを丸暗記したものだ。たしかに、現地の人に紹介された古くて安いプチホテルの老主人はまったく英語が通じず、チェックアウトの精算にも一苦労だった。まだスマホの翻訳アプリなんてない時代である。

約15年後のパリ滞在、一番の変化は、どんな小さなお店でもかなり英語が通じるようになったこと。そして学生だった自分が社会人になり、テクノロジーも格段に進化したこと。今は世界のどこにいても海を越えて仕事が追いかけてくる。夜遊びを楽しみにしつつ、ホテルのラウンジやカフェや図書館でノートパソコンを開き、滞在中もせっせと「宿題」をこなしていた。

さて今日はどこで働こうかと検索をかけ、時間制のコワーキングカフェを利用してみた。カウンターに並んだ軽食が食べ放題でドリンクも飲み放題、5時間を過ぎると自動的にお得な半日プランの金額に切り替わる、というシステムだ。なんだか懐かしい響き、日本のネットカフェがお手本なのかもしれない。

多くの利用客は無言でパソコンと向き合っているが、出張客とおぼしきジャケット姿の人々は英語で活発に議論している。「なるべく静かにね!」と注意する店員も英語だ。聞き流しながら、これじゃあどこの国のどこの街にいるか全然わからないな、と思った。ヨーロッパを感じるものといえば、軽食コーナーに置かれたやたら美味しそうなバゲットと、ちょっとした小型犬ならすっぽり収まりそうなヌテラの大瓶くらいだろうか。

慌てる客に冷ややかな表情の店員

午後をまるまるそのカフェで過ごし、レジで会計を済ませようとした。しかしジーンズのポケットに入れておいたはずの利用者カードがどこにもない。入店時に渡された赤いプラスチックのカードだ。財布にしまったかな、手帳に挟まったのかな、筆箱やPCケースに紛れているかも、とカバンの中身を全部ぶちまけても見当たらない。

受付には5時間前と同じ若い女性店員がずっと座って、冷ややかな無表情でこちらを眺めている。しかし、ちらちら視線を送ると、うまくらされてしまう。わざとだ。おいおい客が困っているのは一目瞭然だろう、助けてよ。夕食の約束に遅れそうなので、観念してありのままを話すことにした。

ごめんなさい、利用者カードをなくしちゃった。私は旅行者で、もうこのお店に戻って来られない。時間料金と一緒に、カード代を弁償します。もちろん英語だ。それまで「無」だった彼女の表情がさらに渋くなり、御機嫌がマイナスに転じるのがわかった。わー、怒ってる怒ってる、お金払うから許して……。

「あなた、カードをなくした。入店したとき、大事にしなさいと教えた。教えたのは私よね、憶えてる?」。はい。「でも、あなたは、教わったのに、大事なカードをなくした」。はい、そうです。「つまり、悪いのはあなたよね。お金を払っても、悪いは、悪い」。ええはい、本当にごめんなさい。

と、彼女はパッと手の中から赤いカードを出してみせた。「番号6番、これでしょ。もう2時間以上も前から軽食コーナーに置きっぱなしだったのよ。おやつを取ってて忘れたんでしょ。他のお客さんが拾って届けてくれた。大事なカードよ。二度目はないのよ。わかったら半日分の料金を払いなさい。弁償金は要らない。でも、あなたが悪いんだからね」

短い驚きの後に沸き上がった感想は「い、いじわるーーー!」であり、「ぱ、パリジェンヌーーー!」であった。彼女は私がカバンをひっくり返して大汗かきながら慌てふためく様子を、ずっとてのひらの中にカードを隠し持ちながら、表情一つ変えずに眺めていたのだ。言えよ、と腹が立つと同時に、喜びにも似た不思議な感情を抱く。

映像では味わえない現地ならではの体験

すっぴんで仏頂面、流行には関心ない様子だが、独特な発色が美しい厚手のセーターを着ている。よく見るとまだ大学生くらいの年頃だ。パリ育ちで、季節ごとに街に溢れかえるおのぼりさん観光客にうんざりしているのかもしれない。プライドと鼻が高く、気怠けだるげで、他人の落ち度に情け容赦ない。英会話はたどたどしいが、きっとフランス語でならものすごい毒舌家の皮肉屋なのだろう。でもツンツン怒った顔もかわいい。

「私、あなたみたいなマヌケなお客さん、キライよ」という冷たい態度に面食らってのち、ジーンとしびれるような感動をおぼえた。昔から映画や小説でさんざん観てきた「気難しいパリの女の子」そのものではないか! 言うなれば、京都を訪ねて「逆さほうき」と「ぶぶ漬け」を食らったようなもの。安直なステレオタイプは差別を助長すると言う人もいるけれど、絵に描いたような人物のホンモノと出会うと、なんだか嬉しくなってしまう。

観光名所近くの飲食店やホテルでは、みんなニコニコ愛想笑いを返してくれるし、少しでもこの街に好印象を抱いて帰ってほしい、と世界共通語でたっぷりサービスしてくれる。しかし、それだけではどこの国のどこの街にいるか全然わからない。まして今は、Googleストリートビューで家にいながら世界中の「街歩き」が楽しめる時代だ。わざわざ並んでエッフェル塔に上ることはない。ワインもショコラもクロワッサンも日本のデパ地下で買えてしまう。海外旅行に消極的な人が増えるのも頷ける。

だが、英語とインターネットが普及して世界の距離が縮まっても、写真や映像でけっして味わえない、現地ならではの体験もあるのだ。たとえば度重なるデモとストライキで交通機関が完全に麻痺して立ち往生すること、または、感じ悪いパリジェンヌに冷たくされること……。まぁ、毎日となると勘弁してほしいけれど、旅行者だから笑い話にもできる。あの女の子は15年後、30年後、一筋縄ではいかない偏屈なマダムに成長するだろうか。そうあってほしい、とさえ思うのだ。これもまた、一種のパリへの「憧れ」なのだろう。

【あわせて読みたい】
・「笠地蔵」を知らない異国のジャパニーズガール
・激辛麺も甘酸っぱく…中華料理店で “淡い恋の始まり” 味わう
・ニューヨークで目につくデジタルネイティブたちの「反動」

岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。米ニューヨーク在住。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、『天国飯と地獄耳』(キノブックス)ほか。最新刊は、大手小町での連載をまとめた『40歳までにコレをやめる』(サンマーク出版)。本連載では挿絵も担当。http://okadaic.net/