激辛麺も甘酸っぱく…中華料理店で “淡い恋の始まり” 味わう

岡田育「気になるフツウの女たち」

ニューヨーク大学の広大なキャンパスに隣接して、もともと日本人街だった一帯がある。日本食スーパーのほか、韓国、中国、台湾系などのショップも増え、焼肉、火鍋、タピオカミルクティーに足つぼマッサージの店などが続々と新規開店している。先日そのうちの一つ、麻辣牛肉麺の店に初めて入ってみた。

口コミサイトの高評価を頼りに訪れたのだが、結論から言うとまるでハズレ。土曜の夕方だというのに、入店してから会計を終えて出るまで、客は私ともう一人しかいなかった。対して店員は六人ほど、当然みんな油を売っている。店長とおぼしきずんぐりむっくりした初老の男、メガネを掛けた小柄な男の子、メガネを掛けた小柄な女の子、裸眼の小柄な壮年男性が二人、みんな背格好がそっくりだ。

家族経営なのだろうか。みんながみんな、店長の息子や娘や甥や姪だと言われても納得してしまう相似形だ。裸眼の男二人は自転車用の反射材つきベストを着込んで、出前の配達へ出かけて行った。Uber Eatsのような新型のデリバリーサービスが主流の昨今、自前の配達員を抱えているのも珍しい。

客より店員が多いって、ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』のワンシーンみたいだな、と考えながら、看板メニューの麻辣牛肉麺をすする。ひたすら辛いばかりでコクがなく、パンチに欠ける味。奥の厨房にはさらに調理人が控えているわけで、こんなことで商売が成り立つのかと心配になる。

はにかみ合う店員と客

ところで六人目の店員はといえば、一人だけ黒人の女の子なのだった。残りの「家族」たちが全員小柄ななか、一人だけグンと健康的に背が高い。女子バレーボール選手みたいな印象だ。カーリーヘアをおだんごにまとめ、店員みんなが着ている揃いのTシャツに、他の誰よりもきっちりエプロンを締めて清潔感がある。二十歳そこそこ、ひょっとしたらまだ十代かもしれない。

何をどうしてこんな店で働くことになったのだろうか。他の店員たちはほとんど自宅の居間のようにくつろいで、ずっと中国語で私語を続けている。彼女だけがこまめに私のお冷やを注ぎ直してくれる。こんなハズレの店じゃなくて、もっといい店でバイトすればいいのにな、とあれこれ空想してみるのだが、正解が見えづらい。

一つ気づいたこととして、彼女は、驚くほど声が小さい。残りの店員はずっと陽気に中国語と英語がごちゃまぜのおしゃべりを続けている。彼女は何を言われても愛想よく笑い、短い相槌を打つのだが、その声はきれいにかき消されてしまう。口をぱくぱく動かした後、ほんの少しだけ表情が曇る。

パッと容姿だけ見れば、溌剌はつらつとした若さに恵まれ、背筋のスッと伸びた自信家で押しの強い女の子、とも見える。けれど、この街で暮らす全員が全員、テレビドラマに出てくるようなハイテンションのニューヨーカーというわけでもない。中には内向的な人間だっているのだ。たしかにこの小声では、他の飲食店の採用面接は落とされるかもしれない。ぐいぐい接客してがっぽりチップを稼ぐような働き方は難しいだろう。

私以外のもう一人の客は、ひどい猫背の黒人の青年だった。童顔を隠すようにして薄い顎髭あごひげを生やし、痩せた体を隠すようにしてオーバーサイズのカーゴパンツを腰履きにしている。どことなく陰りのある、アーティスト風のたたずまい。少なくとも野球やアメフトの選手には見えない。ほぼグーの形に握った手で箸を持ち、まるで麺をすくえていない。飲み物はリンゴジュース。こちらもまだ十代かもしれない。

声の小さな女子店員が、一本のフォークを持ってやって来て、彼に手渡した。はにかむ男の子。はにかみ返す女の子。彼女はずっと彼のテーブルの傍らに、背筋を伸ばして立っている。私の席からは何も聞き取れなかったが、お互いに顔見知りで、かなり親しい仲である雰囲気だけは伝わってきた。

ニューヨーカーの多くは、大人から子供まで大変器用に箸を使いこなす。だが、この青年はちょっと目立つくらい箸が苦手で、誰からも正しい使い方を習ったことがない様子だった。友達が働いているのでもなければ、普段はアジアンエスニックなんか食べに来ないのだろう。完全に彼女を目当てに来た客で、ガラガラの時間帯にそのお目当ては見事に叶ったわけである。

「世界に二人だけ」オーラ放つ

箸と格闘しているときは陰気で神経質そうに見えた青年も、彼女から受け取ったフォークをかざす笑顔はとてもチャーミングだ。レジ付近でくつろぐ中国人店員たちは、奥のテーブルにはまるで気を払っていない。まるで世界に二人だけというようなオーラを放ちながら、彼はお冷やを注ぐ彼女を見上げ、彼女は彼の食事を見守って、お互いにはにかみ、無言で微笑んでいる。彼の言葉に相槌を打った後は、彼女の表情が曇らない。

私が手元で食べているのは真っ赤な激辛麺のはずが、どうしたことか、爽やかで甘酸っぱい味が身体中を駆け巡っていくのがわかる。淡い恋が始まる予感に胸いっぱい、可もなく不可もない味の麺がどんどん伸びていく。

二人とも、このアメリカという国で、俗に言う「モテるタイプ」の男女ではない。でも、この街の全員が全員、『セックス・アンド・ザ・シティ』みたいに華やかな色恋沙汰に明け暮れているわけでもない。冴えない店で働きながら、あるいは、売れない芸術に青春を捧げながら? うっかり壊さないようにそっと小声で関係性を育み、ささやかな願いの成就を目指す二人だっている。

あの子だけ違う。なんで一人だけ浮いているんだろう。六人の店員を見比べて、そんなふうに思った自分を恥じた。自分だって子供の頃、一人だけ水筒が大きいとか、一人だけ傘の色が違うとか、そんなどうでもいいことで仲間はずれの扱いを受けて、さんざん嫌な目に遭ったじゃないか。

ほとんど家族経営で回している中華料理店に、ふとできた人手不足の隙間。そこに、他店では不採用になるかもしれない若い女の子が一人、ぴったりはまって誰よりも真面目に働いている。少し多めにチップをはずんで会計を終えた。美味しくなかったので二度と行かないが、あの若い二人には幸福になってほしいし、彼女がこの職場を踏み台に自信をつけ、もう少しだけましな「居場所」を見つけられるといい。彼は何度でもそこへ、また別の看板メニューを食べに訪ねてきてくれるだろう。

【あわせて読みたい】
・ニューヨークで目につくデジタルネイティブたちの「反動」
・米裁判所でよく似た中年女性が職員に採用されている理由
・「日焼けの国」でも「日除けの国」でもカワイイは作れる

岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。米ニューヨーク在住。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、『天国飯と地獄耳』(キノブックス)ほか。最新刊は、大手小町での連載をまとめた『40歳までにコレをやめる』(サンマーク出版)。本連載では挿絵も担当。http://okadaic.net/