ニューヨークで目につくデジタルネイティブたちの「反動」

岡田育「気になるフツウの女たち」

コーヒーショップのコミューナルテーブルで眼前に座ったアジア系の女の子が、紙の手帳に一心不乱に日記を書きつけている。その手が、そのボールペンが、書き始めてから一度も止まっていない。両手で抱えているのは、黒い合成レザーの表紙に細い罫線けいせんが引かれたノート。

何ページも何ページも、字間の詰まった几帳面きちょうめんな筆記体でみるみる埋まっていくのが、向かいに座った私にもよく見える。日本語でいう「丸文字」にあたるコロコロした癖字で、無限に続くつる巻きばねのような文字列が、左上から右下まで隙間なく書き連ねられている。途中で改行を挟んだり、見出しや挿絵を入れたりもしない。

四ページほど埋まっただろうか。やっと手を止めて、書いた分を読み返している。本人以外が解読するのはなかなか難しいだろう。あの速さ、論理立てた思考とも思えない。とにかく頭の中に浮かんだことを感じたまま、ノンストップで独り言を続けるように、自分自身と対話するようにして、書いている、書いている、書いている。

昨日今日で急激に増えたということでもないだろうが、最近、ニューヨークのダウンタウンでこうした若い女の子をよく見かけるようになった。

「書く」がリバイバルブーム

ノートを開いてペンを手にしているのは、俗にミレニアル世代と呼ばれる若者、そして、圧倒的に女の子が多い。日本と違い、身なりにまったく構わない女子学生も多いので、お金をかけてオシャレに気を遣う若者はそれだけで目立つ。ヴィーガンスイーツの専門店やパッケージフリーの食料品店に行ったとき、無料券をもらって高級スポーツクラブのヨガレッスンへ行ったとき、お客として見かけるような人種である。

高学歴だけどガリ勉じゃない。ギャルっぽいけどお育ちはいい。選び取ったライフスタイルが私のような他者からのぞき見されることにも自覚的な、「意識高い」女子たちだ。そんな若いお嬢さんが、Instagramへの投稿を止め、誰にも見せない日記を書いている。エコやサステイナビリティやミニマリズムと同様、「書く」ことそれ自体がリバイバルブームなのだ、と気づくまでには、少し時間がかかった。

私が10代だった頃、少女たちが色ペンを駆使して思い思いに手帳を飾っていたのは他に遊べるガジェットがなかったからだが、25年後の今、物心ついたときから情報端末を手にしているデジタルネイティブ世代は、そうした潮流への反動として、「書く」ことを趣味としているようなのである。

そのコーヒーショップは地下鉄駅から近く、いつも賑わっている。平日の夕方、子連れで雑談する主婦たちの横では、ギークな男性二人組がヘッドハンティングの面接中。しかし、重そうなPCリュックを背負った中年の客は、店内をぐるっと見渡してから、がっかりした表情で紙のカップを手に退散した。

この界隈には珍しく、店内wi-fiが設けられていないのだ。市内を飛び交う公共wi-fiの入りも悪く、パソコンを広げてオフィス代わりに使うには不便である。ニューヨーク市内、ほとんどの店は電源とwi-fiを完備して長居客を歓迎しているけれど、最近は「パソコン持込禁止」と注意書きを貼る店もあらわれた。これもまた「反動」の一つと言えるだろう。

向かいのアジア系女子の次は、私の左隣に座った女の子も、大判のノートを広げて「書く」を始めた。鼈甲べっこう眼鏡に英国風の格子縞ジャケット、かっちりした編み上げ靴。わざと優等生のコスプレをしているような、古風なスクールガールファッションだ。青いインクのペンで長めの箇条書きを何項目もしたためている。ただのタスク管理なら今は便利なアプリもたくさんあるけれど、壁のコンセントに挿した充電中のスマホには目もくれない。

編み物にも新しい価値

私と同じアナログネイティブ(?)世代ならばよくご存じの通り、「体を使って書く」のは、とても気持ちのいい行為だ。頭の中身が整理整頓されて指先からほとばしっていく。動かす筋肉はそう変わらないはずなのに、キーボードやタッチ画面を操作して文章を打ち込むのとは別の心地よさがある。

利き腕がぐったり疲れてノートがびっしり埋まる頃には、ディスプレイ越しでは得られない達成感をおぼえる。退屈なとき、不安に襲われたとき、手元でぐりぐりと他愛たわいない落書きをすれば気が紛れるし、集中力が高まったり、泣いた後のようにすっきりデトックス効果を感じられたりもする。

そういえばこの街では、秋冬になると編み物をする若者も多く見かける。あちこちでカバンから巨大な編み針を出して時間を潰す、あれも同じだ。ファストファッションの店では10ドルかそこらで新品の機械編みマフラーが買える時代だけれど、きっとだからこそ、「物理的に」「時間を費やして」「無心で」没頭できる娯楽に、新しい価値が創出されているのだろう。

ちなみに現在、ニューヨーカーの間で何よりも爆発的に流行っている、最もイケてる趣味といえば、もちろん「瞑想」である。裕福な大人たちはインストラクターに高額なレッスン料を支払って、精神統一の仕方を習いに行く。若者たちが日記書きや編み物に没頭するのは、その簡易版、といったことかもしれない。

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岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。米ニューヨーク在住。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、『天国飯と地獄耳』(キノブックス)ほか。最新刊は、大手小町での連載をまとめた『40歳までにコレをやめる』(サンマーク出版)。本連載では挿絵も担当。http://okadaic.net/