米裁判所でよく似た中年女性が職員に採用されている理由

岡田育「気になるフツウの女たち」

この連載は、「人を見た目で判断」する。街で見かけた女性たちのルックスやビジュアルに着目して、その視覚情報だけで彼女たちのことを書いている。「内面を知りもせず、外見の話に終始するなんて!」と怒る人もいるだろうけれど、人の外見はずいぶん多くの情報をもたらしてくれる。

 その日、私はニューヨーク郡裁判所にいた。市民名簿から無作為抽出された陪審員候補者として召喚状が届いたのだ。私はそもそも資格対象外であると何度も何度も返信したのに、ずっと督促状が届き続け、とうとう「この日までに出頭しないと罰金」と最後通告が来たので、しぶしぶ出向いたのだった。

 セキュリティチェックを抜けて円形広間を右手へ回る。指示された139番の部屋の前には、平日の昼日中だというのに長蛇の列ができていた。みんな私のように仕事を休んだのだ、ご苦労様である。何か紙を受け取って別の場所へ行くよう指示を受けている人がいる。手ぶらで出口へ帰るのは私と同じ免除対象者だろう。順番を待ちながら調べてみると、医師や警察官など特定の職業、乳幼児を抱えている親のほか、病気や怪我けが、経済的事由、また信仰や信条を理由に免除されることもあるという。

 ようやく私の番になった。大きな部屋の玄関窓口に、高い覆いで囲われたデスクが一つ。めいっぱい座高を高くしたキャスター付き椅子に、初老の黒人女性が座って待ち構えていた。必要書類を揃えたファイルを手渡し、「あのう、何かの手違いだと思うのですが、私は外国人で市民権が無……」と言い終える間もなく、必要事項を一瞥いちべつされて「よし了解、終わり! 次!」と突き返されるまで、2秒。

 返信したメールには応答がないし、電話しろと言われた番号は繋がらないし、とはいえ召喚状を無視し続けると前科者になっちゃうし、と何か月もやきもき心配していたのに、たった2秒で終わってしまった。拍子抜けしながら、押し出されるようにして列を離れた。

 「顔採用」か「オバチャン積極採用」か

 戻ってきた本人確認書類をカバンにしまい、もう来ることもないだろうと139番の部屋を見回す。「門番」の彼女の他にも幾人かが立ち働いていた。みんなどことなく似ている。というか、体型、服装、醸し出す雰囲気、そっくりの中高年女性ばかりだ。その日たまたまシフトが重なっただけかもしれないが、同じ部署にこれだけ似たオバチャンばかり揃うこと自体、珍しいのではないか。

 ふと「顔採用」という言葉が浮かんだ。就職採用時に容姿端麗な人材が重視される企業があるという。たしかに、美女が居並ぶ総合受付や、体育会系イケメンばかりの営業部署などを見かけて、私が受けても面接で落ちるだろうな、と感じることはある。しかし経営者や人事部の立場で考えてみれば、ルックス「だけ」に給料を払うなんてこと、まずありえないだろう。

 同時に思い出したのは、「カスタマーサポートに専業主婦を積極採用している」という日本のIT企業の話だ。結婚出産を機にキャリアが途切れることは一般に転職不利とされるが、この会社では子育て中の女性に正社員登用の道を開く。理由は「マルチタスクと、むずかる子供をあやすのにけているから」……我が社の窓口に寄せられる苦情の大半が駄々っ子レベルの理不尽さだから、と言うので笑ってしまった。

 郡裁判所、139番ルーム。よく似た容姿の中高年女性ばかりが、入れ代わり立ち代わり窓口業務を担当し、くどくど個人的な事情を説明しようとする来訪者を、2秒でテキパキ片付ける。この職場はひょっとして「オバチャン積極採用」なのではないか、と思ったわけである。顔だけで採用されたわけではなかろうが、こんなに顔が似ているのは、そこに必要な条件があるからではないかと。

 みな、たっぷりと恰幅かっぷくがよく、どっしりと包容力がある。そして穏やかに自然と口角が上がっている。常日頃、笑顔を作るときだけあざとく白い歯をきだしてそれ以外は仏頂面、という米国人たちを見慣れていると新鮮だ。厳しい服装規定はなさそうだが、それぞれ落ち着いたオフィスカジュアルに身を包み、預かった書類の上に食べかけのドーナツを置いたりもしていない。さすが裁判所、並びにある警察署で指紋を採取されたときとは大違いだ。

 何か月も煩わされた手続き、20分以上の行列待ち、きっと長丁場になると覚悟していた。お茶を出してゆっくりもてなせとまでは言わないけれど、たった2秒で処理されたことには驚きもある。「本当にこれで大丈夫? また同じ不備が生じるんじゃないの?」と思ったりもした。そこでオバチャンである。身を乗り出して肉厚の手で書類を掴み、チラと見た後「Done!(終わり)」と太い親指を突き立てる。圧倒的な結論、終止符が「ダンッ!」と打たれた感じ。緊張も不安も迷いも吹っ飛ばされる。

 人の外見は多くの情報をもたらしてくれる

 もしもあの窓口デスクに、一流大学の法学部を首席卒業などした若い新卒職員が座っていたらどうだろう。難解な言い回しで理詰めの対応をして、苦情には弁論で立ち向かい、英語ができない外国人をちょっと見下したりもするのではないか。人生経験が足りないと「駄々っ子をあやす」のにも不慣れで、行列待ちの間にイライラしはじめたクレーマーとの衝突も絶えないだろう。

 インテリちゃん、あんた、ここ向いてないから隣のルームで別作業にあたってちょうだい、と配置換えになる姿が目に浮かぶ。何が悪いってこともないんだけどさ、マニュアル通りに頑張ってるけどさ、あたしらのほうが処理速度が上がるのよ、と。人の外見は、ずいぶん多くの情報をもたらしてくれる。「いる」人と2秒向き合って観察すれば、その場に「いない」人のことまで見えてくる。

 誰もヒステリックな声を出さないし、無駄なおしゃべりもしない。何事にも動じないオバチャンたちが、どんな来訪者も公平に淡々と秒単位で処理している。人口密度が高いのに、やけに静かで穏やかな部屋だった。彼女たち一人一人の内面なんて何もわからないけれど、適材適所の環境で持ち前の職能を存分に発揮し、阿吽あうんの呼吸で連携し、家族のように姿かたちまで似てきたのだろうと、想像が及ぶ。

 逆にこの裁判所で、別の部署に彼女たちとそっくり似た雰囲気を醸し出す職員がいたら、素質アリだと139番ルームにヘッドハンティングされることもあるかもしれない。その「顔採用」を、私はあまり責める気になれないのだ。

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岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。米ニューヨーク在住。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、『天国飯と地獄耳』(キノブックス)ほか。最新刊は、大手小町での連載をまとめた『40歳までにコレをやめる』(サンマーク出版)。本連載では挿絵も担当。http://okadaic.net/