エッセー出版・吉玉サキが語る「山小屋ガール」の暮らしとその後

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ライターの吉玉サキさんが、北アルプスの山小屋で働いた約10年間の悲喜こもごもをつづったエッセー「山小屋ガールの癒されない日々」(平凡社)を出版しました。吉玉さんはかつて仕事が長続きせず、山小屋で働く直前はニート(若年無業者)だったといいます。人生を大きく変えた山小屋での暮らしぶりや、その後の生き方について話を聞きました。

働くまで全く知らなかった「山小屋」の世界

――山登りをしない人にとっては、山小屋はなじみの薄い場所かもしれません。どんなところなのでしょうか。

私も働き始めるまでは、山小屋のことは全く知りませんでした(笑)。要するに、登山者向けの宿泊施設で、そういう意味では、民宿やペンションなどと変わりません。でも、建っている場所が大きく違います。北アルプスにもロープウェーや車に乗って行ける山小屋はありますが、私が働いていた山小屋は、何時間もガチの山登りをしないとたどりつけない場所にあるんです。山小屋で使う水は、沢水でまかなっていて、お客さん用のお風呂はありません。混雑時には、1枚の布団にお客さん2人で寝ていただくこともあります。知らない人は、びっくりするかもしれませんね。

――山小屋で働くスタッフの1日は、ざっとどんなものなのでしょうか。

まず、宿泊したお客さんに朝食を出して、食べ終えたら後片付けをします。それと同時進行的に、お客さんがチェックアウトした客室から掃除をしていきます。その後は、昼食の営業をしながら、宿泊客の夕食の仕込みをして、宿泊客が到着したら受け付けをします。その合間に布団を干したりもします。夜になったら、お客さんに夕食を出して、食事が終わったら後片付けをして……といった感じです。

――つらかったことはありますか。

夏山シーズンや9月のシルバーウィークの時期は、とにかく忙しいんです。お客さんが次から次へとやって来て、長蛇の列が途切れなくなります。水を飲む暇さえなくて、声がかれてしまったこともあります。

――早番勤務の時は、午前3時に起きて、朝食の仕込みなどをするそうですね。

早番の時は、昼の休憩時間に自分の部屋に戻って仮眠を取るスタッフが多いのですが、私はなかなか寝付けなくて。それもしんどかったですね。自分の部屋と言っても、べニヤとカーテンで仕切られているだけで、1人1.5畳か2畳ぐらいのスペースしかないんです。

――なかなかつらそうな環境ですが、それでも10年間、山小屋での仕事を続けられたのはなぜですか。

適性はわりとあったのだと思います。下界と違って好きなものが食べられないことも苦にならないし、他のスタッフとの共同生活も苦にならない。それに、山小屋の仕事には変化があるんです。毎日違うお客さんがやってきて刺激を受けるし、季節によってやるべき仕事が変わります。とは言っても、業務内容は基本的に調理や掃除などで、家事に近い。そういう仕事が性に合っていたのだと思います。

――本書でも触れていますが、「山小屋で働く女性」と聞くと、「都会の生活に疲れ、大自然に癒やしを求めてやって来た」といったイメージを抱く人も少なくなさそうです。

私が北アルプスの山小屋で働き始めたのは2007年で、「山ガール」がブームになる前だったんです。若い女性が山に行くという文化がまだあまりなくて、私自身、山小屋で働くことはリゾートバイトの感覚でした。その頃、親との折り合いが悪かったので、お金をためて、実家を出て一人暮らしをしたいと思っていたんです。3か月契約で山小屋の仕事をしたら、3か月分のまとまったお金が入って、部屋が借りられると。もしも仕事がしんどかったとしても、3か月ならどうにかなるという思いもありました。ところが、実際に山小屋に行ってみたら、案外居心地が良くて、結局10年間続けることになりました。

「山には山の社会がある」響いた幼なじみの言葉

――元々は作家志望で、そのための専門学校に通っていたそうですね。卒業後は広告代理店に就職したものの、調子を崩してしまって、数か月で退職。その後始めたレストランのアルバイトも、数か月でやめてしまったと聞きましたが。

アルバイトをやめた後、5か月間は札幌の実家でニート状態でした。でも実は、14歳の時に不登校だったり、高校を中退して別の高校に再入学したりと、それ以前にも挫折があったんです。だから、5か月間のニート生活も、親にとっては想定外のことではありませんでした。ただ、私自身はやはり、「なぜ、こんなにダメなんだろう」と自分を責めていました。

――そんな時に、山小屋で働いていた幼なじみの話を聞いて、その山小屋に履歴書を送ったのですね。

彼女が「山には山の社会がある」と言ったんです。私の父はごく普通のサラリーマンで、定年まで40年以上、同じ会社に勤め続け、母は専業主婦でした。それまでは、私も父のようにならないと生きていけないのかなと思っていたけれど、幼なじみの言葉で「そうじゃない生き方もあるのかな」と思ったのがきっかけでした。

――山小屋で出会った男性と“職場結婚”も果たしました。あらためて振り返ってみて、山小屋での日々は、吉玉さんに何をもたらしたと思いますか。

23歳から33歳までの10年間で、いろんなことが大きく変化しました。その一つは、「他人からこう思われたい」とか「こう思われたくない」といった意識があまりなくなったことです。山小屋のスタッフはいわばフリーターです。山小屋で働き始めた頃は、安定した職に就いている人と話をしていると、ちょっとした言葉尻をとらえて、「この人、私のことをばかにしている」とか「なめている」と感じて、カッとなっていたんです。今思えば、ただの被害妄想なのですが。若い頃から挫折が多かったので、挫折していないように見える人に対する反発心が強かったのかもしれません。でも、山小屋や、夫と一緒に出掛けた旅先でいろんな人と出会ううちに、一見うまくいっているように見える人だって、案外そうではないんだと分かってきました。

以前は、「社会はすごく厳しいところで、私のような落ちこぼれには肩身が狭い」という思いがありました。でも、そんなことはない、“最上”を目指さなければ、私だっていくらでもこの社会で生きていける、という気持ちになりました。

「友達」テーマに執筆活動を

――2017年を最後に山小屋での仕事から離れ、現在はライターとして活動されています。

インターネットにはあまり詳しくなかったのですが、3年ほど前、ウェブメディア向けに記事を執筆する「ウェブライター」という職業があることを知ったんです。挑戦したいと思って、夫と一緒に山を下りることにしました。夫は、山小屋で働く前、美術大学で油絵を学んでいて、現在はイラストレーターをしています。

――ライターとしての目標はありますか。

とりあえず、この仕事を継続したいと思っています。何かすごく大きなことをしたいわけではないし、有名になりたいと思っているわけでもありません。ただ、読んでくれた人の心に残る、「読んでよかった」と思ってもらえる記事を淡々と書き続けていきたいです。

――執筆してみたいテーマは?

「友達」をテーマにしたエッセーを書いていきたいですね。書籍でも映画でも、「恋愛もの」や「お仕事もの」といったジャンルに比べて、「友情もの」は層が薄い気がするんです。でも、実際に友達に関するエッセーを書いてみると、読者の反応がいいんです。「大人になったら、友達がいなくたって別に構わない」なんて言い出す人もいるけれど、読者の反応を見ると、友達との関係に何らかの思いを引きずっている人が多いんだなと感じます。

――本書を、どんな人に読んでほしいと思いますか。

「山に行ってみたいけれど、なかなか行く勇気がない」と言いがちな人。山に行こうと決心したら、すぐにルートを調べて、装備をそろえてサッと行けちゃうような人は読んでいただかなくてもいい、とは言いませんが……(笑)。そういう人よりも、「行ってみたい。でもなぁ」とグズグズ言うタイプの人に読んでほしいです。ネット上で読後の感想を集めてみたら、「山小屋に行ってみたくなった」というコメントが多くて、すごくうれしく思っています。

――山小屋の仕事をやめてからも、山に出かけることはありますか。

北アルプスには全然行っていないし、山小屋に泊まったこともないですね。ただ、高尾山(東京)や丹沢(神奈川)など近くの低山には行っています。「なんだか運動不足だな」と感じると、山に行きたくなります。

(聞き手/読売新聞メディア局 田中昌義、写真も)

吉玉 サキ(よしだま・さき)

ライター。札幌市出身。北アルプスの山小屋で約10年間、働いた後、2018年にライターに転身。第2回cakesクリエイターコンテストで入選し、cakesでエッセー「小屋ガール通信」の連載を始める。現在、ウェブメディアを中心に執筆活動を続けている。