「日焼けの国」でも「日除けの国」でもカワイイは作れる

岡田育「気になるフツウの女たち」

世界中から多種多様な人々が集うニューヨークの街で、それぞれがどんな文化的背景を持つ人々か、パッと見分けるのは案外難しい。先日も、とあるピッツェリアで若い女の子三人組を見かけたが、てっきりヒスパニック、つまり中南米のスペイン語圏の人々だろうと思っていたら、不思議なクセのある英語が聞こえてきて予想がまるで外れた。私たちのテーブルの真隣にある四名掛けの席だ。

全員がネイティブならもっと流暢な英語を話すし、同郷出身なら存分にお国言葉で話すはずだろう。まぁ、日常会話を英語に統一したがるバイリンガルもいるし、私が中国人や韓国人やフィリピン人と英語でコミュニケーションをとるように、文化が異なる近隣諸国から来て共通項が英語しかない、という可能性だって、あるにはあるのだが。

それにしてはあまりにも顔立ちが揃いすぎている。褐色の肌、豊かな長い黒髪、濃いめの眉毛に、くりくりした瞳。すらりとプロポーションがよく、ウエストのくびれを強調した服装の、いわゆるラテン系美女たちだ。ただ仲が良いというだけで、こんなに顔が似ることってあるだろうか? 毎食同じものを食べて同じ文化の下に育った、血の繋がった三つ子です、と言われたほうが、まだ信じられそうだ。

しばらくすると遅れてもう一人やって来て、この最後の女の子まで、容姿外見がそっくりだった。三つ子が四つ子に増えた。四番目の子は、待ち構えていた三人から口々に「きれいになったね!」と褒められている。強いなまりで繰り返されるフレーズは「You  look  nice,  very  very  healthy!」、前に会ったときよりも「健康的」だね、というものだった。

魅力的なのは「小麦色の肌」か「美白の肌」か

他にいくらでも褒めようがありそうな若い女の子に、開口一番「健康的」という褒め言葉はどうなんだ、と思わず聞き耳を立ててしまったが、彼女たちにとって「healthy」は、屈託無く「美」の最上級であるようだ。「とっても顔色がい」「以前より艶めいてる」「今まで見てきた中で一番美しい」と大絶賛だ。

言われた彼女も「うん、このところ頑張ってるのよ」と賛辞を受け止め、「やっぱり、山はいいわね」と話しはじめた。この春からアウトドア趣味に目覚め、休暇のたびにあちこちの国立公園へ出かけて本格的なキャンプ、釣りにバイク、トレッキングなどしているらしい。それですっかり日に焼けて身体が引き締まり、きらきら輝いている、というわけだ。

気後れした一人が「すごいわぁ、私、何にもやってない」と嘆く。「毎日パソコンに向かって仕事ばっかり、どっか旅行したい」と言うと、隣でもう一人が「いやいや、私だってそうよ、唯一の楽しみは夜な夜な飲み歩くだけ、ゾンビか吸血鬼みたいな生活!」と慰める。すると最後の一人が、「私だってさー、海も山もご無沙汰、ここにブロンザー、ここにブロンザー、ここにもブロンザーよ!」と、顔じゅうにメイクブラシを払う仕草をして、ケタケタ笑った。

彼女たちの出身地がどこであれ、それが「日焼け至上主義文化圏」の域内にあることは間違いなさそうだ。日焼けの国の美女たるもの、健康的な小麦色の肌をキープすることが、何より大切な美の秘訣。なるべく露出の高い服装で、少しでも長く輝く太陽の下でアクティブに活動し、天然自然にこんがり焼きあがった魅力的な肉体を見せつけたい、とそんなおしゃべりをしている。

日本や韓国、中国などのアジア諸国は、打って変わって日け至上主義文化圏。日傘を差してサングラスをかけ、二の腕まで覆うUVカットの手袋なんかして、いかに強力な紫外線から肌を守るかに血道を上げる人たちが最大多数派だ。土中に埋めて栽培するホワイトアスパラガスのように、ちょっと病的にunhealthyなくらいの白さが最も美しい、とされている。日焼けサロンは年々数を減らしていると聞くし、銅褐色の肌を作る化粧品を入手するのも、なかなか難しいだろう。少なくとも私は、自分の顔にブロンザーをはたいたことが一度もない。

「カワイイ」へのプロセスにこそ個性

ピッツェリアの四つ子たちは、英語圏に長く暮らし、ビヨンセなのかリアーナなのか、みんな同じロールモデルに憧れているから、お互いにおめかしの情報交換しながら、どんどん顔や雰囲気が似てくるのだろう。でも話を聞いているうちに、姉妹のように見えていた彼女たちの区別が、少しつくようになってきた。

趣味で身体を引き締める子もいれば、真夜中の深酒を控え、週末のビーチへくりだして昼酒に切り替える子もいる。どこへも遊びに行く用事がなくたって、色付きの化粧品を使って人工的にけた肌を演出すればいいじゃないの、とペロッと舌を出す子だっている。所変われば美の基準も変わるけれど、「日焼け止めって、飲むタイプが一番効くんだって」と言う子と、「えー、そんなの美肌加工アプリでチョチョッといじったほうが早くなーい?」と言う子が、てんで噛み合わないおしゃべりを楽しそうに続けている光景は、「日除けの国」でもよく見かける。

白でも、黒でも、「カワイイは作れる」。そんな信念にもとづいた創意工夫をこっそり聞くのは楽しいものだ。夏本番が到来する前に駆け込みでちょっと頑張れば、今からだって遅くない。そう信じて己が道を突き進む女の子たちは、生まれ持った肌の色を嘆いたり、別の誰かを羨んだり、何もせずにいるより、ずっと愛らしい。

何かに似ていると思ったら、夏休みの自由研究だった。一度きりの夏、目指すゴールが同じでも、目に見える結果が同じでも、そこまでのアプローチはてんでバラバラ。何をどうしてそこへ辿たどり着いたかというプロセスにこそ、各人の個性があらわれるのだ。

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岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。米ニューヨーク在住。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、『天国飯と地獄耳』(キノブックス)ほか。最新刊は、大手小町での連載をまとめた『40歳までにコレをやめる』(サンマーク出版)。本連載では挿絵も担当。http://okadaic.net/