家は休む場ではない 家事・育児を仕事に置き換えて考えてみた

これって産後クライシス? (3)

僕は、夫婦げんかの時も「自分がのみ込んでおけばいい」と考えるタイプで、言い返すことをあまり好みません。僕のこの性格も、二人の意識の「ずれ」がずるずると広がってしまった一因かもしれません。

ぶつかり合って初めて、気づくこともあるからです。

2012年秋に盛岡に転勤してから半年ほどたったある日、志穂とけんかになりました。言い合いが続くといつも、志穂は泣き出します。
あぁもう、だからあまり言い返したくないんだよなあ……。

後悔しかけた頃、涙ながらに訴える志穂の言葉に、はっとさせられました。

「あなたは仕事が終わって家に休みに帰ってくるけど、私は家にいても休みがないの。一日中、毎日毎日仕事なの」

僕にとって「自宅=休息」が前提になっていることに、その時、気づかされたのです。慣れない土地で日々家事と育児に追われる志穂にとって、家は休息の場ではありません。

僕は翌日から、夜遅くに帰宅すると「今からは家の仕事の時間だ」とドアの前で唱えてから家に入るようにしました。

残った皿洗いや洗濯物たたみなど、それまでも「できる限り」はやっていたのですが、仕事と思えば、放っておくことはできません。「きっちり仕事をこなそう」と自らに言い聞かせつつ、家事をする量はちょっとずつ、でも確実に増えていきました。

何週間かがたち、寝静まった夜のキッチンでお皿を洗っていた時のことです。「眠いなあ」とあくびをしていると、ふと、ある考えがひらめきました。

新聞社に限ったことではありませんが、仕事の場面では「過程」より「結果」が重視されがちです。結果が伴わないのに、それを棚に上げて「どれだけ頑張ったか」をひたすらアピールする部下がいたら、まあ、大抵の上司は白けた目で見ます。

家事や育児は「逆」なんじゃないか、と思ったんです。

志穂から「あなたは全然助けてくれていない」と言われる度、僕は「おむつを替えてる」「皿だってぴかぴかにしてる」と、いわば「結果」を持ち出して反発していました。でも、求められているのが「何をしたか」ではなく、「どれだけ頑張ったか」だとしたら。

初めての出産と育児の不安の中で、志穂は常に100%、120%の力を出して頑張っていることに、遅ればせながら思い至ったのです。そして、そこに釣り合う「頑張り」こそが必要なのだとしたら。

以前、僕が初めて康太の世話を任された時、家事や育児をひと通りこなせた「結果」への満足感から、余裕の表情を見せました。あの時の志穂の冷たい視線は、求められていることをはき違えた部下に対する、上司の白けた目だったのか……。

いま振り返れば、この発想も十分なものではありません。家事や育児への関与を「主従関係」でとらえていて、「夫婦で共に育児をしていく」という意識が足りない。でも、当時としてはに落ちる感覚があり、家事や育児への関わり方に、少しずつ主体性が出てくるきっかけになったのです。

実際、夫婦関係は徐々に安定し始め、一時は恐怖症と言えるほどだった志穂への嫌悪感も、少しずつ和らいでいきました。

しばらくして、僕たちは康太の妹を授かりました。

産後クライシスは脱した。

2年間いた盛岡時代の後半、僕はすっかり安心していました。東京に戻った後、それが大いなる勘違いだったと知るのですが……。(つづく)

◇◇◇

読売新聞の政治部記者が、産後クライシスに陥った夫婦関係を見つめ、夫の立場から解決策を探る自らの体験を綴ります。

※記事に登場する家族の名前は全て仮名です。

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小坂一悟(こさか・いさと)

読売新聞東京本社政治部記者

2000年に入社し、千葉支局を経て06年から現職(うち12~14年は盛岡支局)。政治部では主に自民党や首相官邸などを担当。41歳。結婚14年目の同い年の妻と、長男(8)、長女(4)の4人家族。