夫婦に横たわる「ありがとう問題」を乗り越えた先に

これって産後クライシス? (6)

僕たちの間には、長らく「ありがとう問題」が横たわっていました。

志穂は常々、「『ありがとう』が少ない」と僕に不満を漏らすのですが、僕とすればちゃんと伝えているつもりだし、1日に何十回と言うのも不自然だし、そもそも志穂だって僕に言わないこともある。

「ありがとう」の相場観が、僕にはちんぷんかんぷんなわけです。

ある時、「ゼロベースで考える」ことを思いつきました。

例えば、平日夜に職場で仕事をしている最中、家にいる志穂から「康太と里奈をお風呂に入れたよ」とメッセージが届いたとします。まあ、「ふーん」で終わらせてしまいそうなところですが、そこを「ゼロベース」で考える。

つまり、誰が子どもを風呂に入れるかを「ゼロベース」で考えて、僕が今すぐ仕事を切り上げて風呂に入れなければならない可能性を、あえて想定する。そうすると、志穂が入れてくれたおかげで、僕は仕事を切り上げなくて済んだことになります。

だから、返信は「ありがとう」になるわけです。

これには、良い副作用もありました。

朝起きて「里奈が熱っぽい!」となった時、病院に連れて行くには、僕か志穂のどちらかが仕事を調整しなければなりません。

その時、「ゼロベース」で考える癖がついていると、(たとえ明らかに無理だったとしても)僕の方をなんとか調整できないか、という発想なり提案なりが自然と出てきます。

「夫婦で子育ての苦労を分かち合う」感覚が、なんとなく、つかめたのです。

僕は、イクメンではありません。

この連載の1回目の冒頭、僕はそう書きました。

志穂がそうだったように、初めての出産や育児に直面したママたちはみんな、不安だらけです。「自分は完璧な母親です」と自信満々のママって、たぶん、ほとんどいない。「私、本当にちゃんと育てられてる?」「私って母親失格?」と自問自答しながら、それでも、目の前の小さな命を守るため、懸命に闘っている。

そして、その不安を共に感じ、共に葛藤し、共に奮闘することが夫に求められているとしたら。その夫は、自信満々で「僕はイクメンです」だなんて言うだろうか。

今も、我が家の子育て環境はあまり改善されていません。

僕は相変わらず帰りが遅くて志穂の「ワンオペ育児」の日々は続いているし、僕が帰宅後にする家事も、睡眠が3~4時間のようなやり方を続けるのはやはり無理が生じてきて、以前ほどにはこなせなくなりました。

それでも、僕たち夫婦は一時の危機的な状態をどうにか乗り越え、今では自分たちの経験を振り返ったり、子育てのあり方を論じ合ったりすることもできるようになりました。

なんでなんだろう。

僕の意識や行動が向上したから? 確かに、康太が生まれてからしばらくの僕の認識はとても甘く、いま振り返ると恥ずかしい限りです。でも、今の意識や行動でもう十分かといったら、きっと、そうじゃない。

これからも、康太や里奈の成長とともに、もっともっと変えていかなければいけないんだと思います。

志穂が強くなったから? うん、それは大きいかな。

単に時間がたって慣れてきたから? それもあるかもしれません。

自分の体験をつづることで、産後クライシスを乗り越えるための何か「答え」のようなものが見つかれば――と、最初は考えていましたが、結局、よくわかりません。

志穂と僕も、今は良くたって、いつかまた険悪になるかもしれないし、それをまた乗り越えるかもしれない。

でも、それって夫婦だから当たり前かな、とも思うんです。子どもを授かって、新しい家族になって、父親も、母親も、夫婦も、日々変わっていかなければいけない。その変化に無理やずれが生じた時、夫婦はクライシスに陥るのかもしれません。

それをどう修復するかは、人それぞれ。正解はないんだと思います。

先のことは誰にもわかりません。

ただ、これから何があっても、今のこの気持ちだけは忘れないようにしよう。

志穂、ありがとう。

(おわり)

◇◇◇

読売新聞の政治部記者が、産後クライシスに陥った夫婦関係を見つめ、夫の立場から解決策を探る自らの体験を綴っています。

※記事に登場する家族の名前は全て仮名です。

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小坂一悟(こさか・いさと)

読売新聞東京本社政治部記者

2000年に入社し、千葉支局を経て06年から現職(うち12~14年は盛岡支局)。政治部では主に自民党や首相官邸などを担当。41歳。結婚14年目の同い年の妻と、長男(8)、長女(4)の4人家族。