黒髪は「キチンとした髪」? ニッポン人の固定観念に物申す

News&Column

 これまで、「外国人女性が前髪を作らない理由」「日本人女性の髪形はきちんとしすぎ!? 欧米人女性が「ナチュラルヘア」な理由」と日本と海外の女性の髪形の違いについて書いてきました。でも、「女性の髪」を考える時にいつも思うのは、ニッポンの会社や学校などには「髪」にまつわるルールが多いということです。一部の会社では「社員の髪の色は黒でなければいけない」というルールがあったりするといいます。今回は海外とも比べながら、そんなニッポン独自の髪の色に関する縛りについて考えてみたいと思います。

管理型社会の象徴としての「黒髪信仰」

 地毛が黒ではなかったり、ストレートではなかったりして、生徒が学校側から「地毛証明書」の提出を求められることが近年、メディアでたびたび話題になっています。様々なキャンペーンを発信しているサイト「change.org」では「#この髪どうしてダメですか?地毛の黒染め指導はやめてください」というハッシュタグのもと、署名活動も行われています。

 もちろん、ニッポンの全ての学校で地毛証明書の提出が義務付けられているわけではなく、一部の学校に限られた問題ではあるのですが、その根底にあるのは、昔ながらのニッポンの「黒髪信仰」であるということは否定できません。言葉にこそ出さずとも、そこには「日本人であれば髪は黒いはず」「髪が黒でない場合は染めているはず」「染めているのは真面目でないから」というような思考回路が、一部とはいえ確かに存在しているのです。

写真はイメージです

 それが結果として、「生まれた時から地毛が茶色い人は地毛証明書を出すこと」というなんとも理不尽なルールにつながっています。でも、日本人にも黒髪でない人はいますし、今は外国にルーツのある生徒も増えている以上、これはなんとも時代錯誤な校則だと言わざるを得ません。

「処女性」を求める男性の「黒髪信仰」

 筆者は日本に住んで20年になりますが、長年観察していて面白いなと思うのは、日常生活では髪の毛を茶色に染める女性も多くいて、いわば大人の女性が髪を茶色に染めるのは「ごく普通のこと」である一方で、「2次元の学生のキャラクター」や、「10代のアイドルの女の子」は「黒髪」であることが少なくないことです。黒髪には従順で若い女の子というイメージがあり、処女を連想する人もいて、そういう子が好みだという「黒髪信仰」の男性がいるからです。

 余談ですが、先日、ある女性が「電車で長年、痴漢に遭っていたのだけれど、髪を茶色に染めた時から痴漢に遭うことがなくなった。茶髪のほうが気が強そうに見えるのかしらね」と話していました。話を聞いた時は「そんなことがあるのか」と不思議に思いましたが、もしかしたら、これは前述の「従順な女性には黒髪であってほしい」という一部の男性の思考とつじつまが合う話のような気もします。気持ちの悪い話ではありますが。

接客業も「黒髪」がスタンダード?

 先ほど日本の学校の校則について書きましたが、では、大人の女性はこの手のルールとは無関係なのかというと、接客業や一部の古い体質の残る会社では「女性社員が黒髪であること」にこだわるところもまだまだあるようです。

 実際に、日本の接客業では髪の色に関する細かい規定があるところが少なくありません。航空会社もそうですし、老舗のデパートの店員さんなども、あまりに明るく染めるのは不可だとされています。

 会社側からすると、「お客様に失礼のないように」ということなのでしょうが、「観光客や消費者としての外国人」が増えているのはもちろん、現在は「日本に住み、日本で働く外国人や外国にルーツのある人」も増えている以上、黒髪のみを「清潔感のある髪」「接客にふさわしい髪」とみなすことはもはや時代に合わなくなってきているかもしれません。

いうまでもなく、世界には金髪から、ブリューネット、赤毛に茶髪、黒髪など様々な髪の色の人がいます。そのため、当たり前ですが、欧米圏の会社に関しては、たとえ接客業であっても、緑色のような人工的な色を除いては「この色は接客にふさわしくない」という髪色に関する規定はありません。

「キチンとした場」では「黒髪」であるべきという空気

 前述のようにニッポンでは、普段は髪を茶色に染めておしゃれを楽しむことが普通である一方で、「人生の節目」や「深刻度が問われる場面」においては黒髪が求められるような「空気」になることがよくあります。

 たとえば、大学生の就職活動を見ていると、接客業ではなくても黒髪の学生が多いです。規則として明文化されているものではないのかもしれませんが、そこには就職活動は黒髪で行うという「暗黙の了解」のようなものがあるような気がしますし、もっと言うと、ある種の「同調圧力」があるのでしょう。

 「深刻度が問われる場面」と書きましたが、ニッポンの葬式でも明らかに黒髪が多いのです。こういったことを改めて考えてみると、黒髪だと「キチンとしている」とか「場にふさわしい」と考えるのは、きわめて日本的な感覚だといえるでしょう。

「髪が金髪のほうが外国人らしい」?

 ところで筆者は、上に書いたものとまったく異なるようで、ある意味、似たようなことを経験したことがあります。

 20代のころ、あるテレビ番組に出演することになった時に、「やっぱり髪は『金髪』のほうが外国人らしい」という意見が出て、髪を金髪に染めたことがありました。これなど、前述の「黒髪信仰」とは関係がないようで、実は大いに関係があると思います。

 そこには、「日本人の女性には黒髪であってほしいけれど、外国人女性にはちゃんと外国人らしくしていてほしい。そして、外国人女性といえば金髪」というような、ちょっと皮肉を込めて言うと「ある意味わかりやすい」思考回路があるのでした。

 このように、日本では社会の至るところに髪の色にまつわる決まりがあったりしますが、日本を含め世界にはいろんな髪色の人がいるのですから、ゆくゆくは日本の社会が「どんな髪の色でも受け入れる」というふうになっていけば良いなと思っています。黒髪を良しとする文化は平安時代から続いているので、なかなか難しい問題ではありますが、それが今の時代の流れなのではないでしょうか。

サンドラ・ヘフェリン
サンドラ・ヘフェリン
コラムニスト

 ドイツ・ミュンヘン出身。日本在住20年。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「多文化共生」をテーマに執筆活動中。著書に「ハーフが美人なんて妄想ですから!!」(中公新書ラクレ)、「ニッポン在住ハーフな私の切実で笑える100のモンダイ」(ヒラマツオ共著/メディアファクトリー)、「爆笑! クールジャパン」(片桐了共著/アスコム)、「満員電車は観光地!?」「男の価値は年収より「お尻」!?ドイツ人のびっくり恋愛事情」(ともに流水りんこ共著/KKベストセラーズ)など。
 「ハーフを考えよう!」http://half-sandra.com/