ジョギング中にブティックで買い物? ニューヨーカーの合理的思考

岡田育「気になるフツウの女たち」

 ニューヨーカーは、ヨガウエアを着て、ヨガマットを抱えて、ヨガへ行く。これは私が東京から引っ越したとき、まず驚いたことの一つだった。ヨガをするときは誰だってヨガウエアを着るでしょ、と思うかもしれないが、ジムやスタジオに着いてから更衣室で着替えるのではなく、スポーツブラとかレギンスとかヨガパンツとか、レッスンを受けるそのままの格好で家を出て、地下鉄やバスに乗って移動したり、途中で寄り道したりする人がとても多い、という意味だ。

 ウエアのまま出歩く、といったら、日本ではツーリング中のロードレーサーか、部活帰りのジャージの生徒くらいだろうか。海沿いの街でなら、水着にカバーアップだけ、といった格好でビーチを往復する人もよく見る。スポーツ観戦やフェスへ行くとき、贔屓ひいき選手のユニフォームやバンドTシャツを着て家を出ることもあるだろう。そう考えれば、何か目的を果たすために着替えずに出歩くこと自体は、そう珍しくないのかもしれない。

 だがしかし、ショートスパッツにフィットネスブラだけ、といったウエアの組み合わせは、布面積でいうと、カバーアップどころか競泳用水着と同程度なのだ。通勤ラッシュの駅構内、背広姿の紳士の傍らにそんな格好の女性が並び、一緒に満員電車に乗り込む光景は、ついチラチラ気になってしまう。ボディラインがぴったり露わに、人によっては下着の線まで浮いていたりして、同性でも目のり場に困る。

 せめて上からチュニックをかぶるとか、ざっくりカーディガンを羽織るとか、何か、ないのか……と、昔はずいぶん落ち着かなかった。ところが慣れとはおそろしいもので、雪が舞うような極寒の真冬、暖房の効いた喫茶店で分厚いロングダウンジャケットを脱いだら中はランニングウエアだけ、という人を見たのがきっかけで、いちいち目くじらを立てるのが馬鹿らしくなった。ヨガにはヨガウエアを、ランニングにはランニングウエアを着て行く。合理性最優先で結構じゃないか。仕事に仕事着を着て行くのと何も変わらない。風邪さえひかなきゃ、好きにすればいいのだ。

隙間の時間に手早くショッピング

 もう少し陽気のよい季節、平日昼間にミッドタウンの職場を出たところで、またスポーティな女性を見かけた。蛍光色を使ったブラに丈の短いレギンス、髪は高めの位置で一つ結びにされている。そして彼女の腕にはなんと、ロンドン発のブランド「TED  BAKER」の大きなショッパーが、二つ三つ抱えられていた。

 五番街に面したロックフェラーセンターのすぐ近く。日本で言うなら、東京銀座の和光前、というような一等地である。世界各国から集まる観光客でひっきりなしに賑わい、MoMAにティファニー、プラザホテルやトランプタワーも近い。テッドベイカーの店もたしかにあって、日本の店舗より品揃えが豊富、普段使いできるアイテムのほか、くるぶしまですっぽり覆うイヴニングドレスや、豪華なビジューのついたカクテルドレスなどもずらりと並んでいる。

 入ったのか、あそこの店に。ほとんど裸、とまでは言わないけれど、水着と同じくらい肌の露出度が高い、その格好で。仰天して思わずじろじろ眺める私の驚きとは裏腹に、当人は恥じらう様子もなく、往来に突っ立って一心不乱にスマホにメッセージを打ち込んでいる。

 この近所に住んでいて、自宅からこの服装で走ってきたのだとしたら、それだけで相当なお金持ちだとわかる。しかし、たとえば超のつく大富豪の令嬢ならば、健康のため走るのも豪邸に設置したトレーニングマシンの上だろうし、専属スタイリストや運転手など、どこへ行くにも誰かお供を連れているだろうし、お買い物なら百貨店の外商部がお屋敷へ出向くだろう。あんな格好で、たった独りで、あのくらいの価格帯の店へ立ち寄ることもないはずだ。

 そこそこ稼いで裕福な生活をしているが、あまりに忙しくてオシャレに気を遣う暇はない、ショッピングはいつも隙間の時間に突発的に手早く済ませる。そんな女性ではないだろうか。両手の指をフル稼働で激しく打っているメールは、恋人との甘いやりとりには到底見えない。ジョギングの合間にも仕事の連絡が追いかけてくるような、要職にあるキャリアウーマンだろう。

風邪さえひかなければ、どんな格好でも

 黄緑と紫のド派手な買い物袋、中身はドレスか、ハンドバッグか。何の根拠もないし、確かめようもないのだけれど、ああ、彼女は「今夜着る服」を買ったのだろうな、と思った。

 猛烈に働いて働いて、やっと半休が取れた平日の昼日中、セントラルパークをぐるぐる走る日課のジョギング中、今夜のためにどうしても足りないアイテムを思い出す。大事なレセプションがあるのにドレスコードを勘違いしていた、とか。急な会食でジャケットが要るのにお気に入りはクリーニングに出して週明けにしか戻ってこない、とか。一張羅に合う色のパンプスをどこへやっちゃったか、散らかったアパートメントでどうしても見つからない、とか。

 ええい、悩んでいるくらいなら新調したほうが早い、と公園から信号を渡って五番街へ抜け、そのまま一直線にテッドベイカーまで走ってきた。黒服に身を包んだ屈強な男が門番を務める、あのブティックの重厚なドアを軽やかに押し開けて、履き潰したスニーカーで店内をぐるりと一周流し、必要なドレスだか何だかを見繕って試着室へ運び、スポーツブラとレギンスの上からぱっと合わせて、そして即決で何点か購入したのだ、この人は。マラソンランナーが給水所でドリンクをつかんで飲み干すような素早さで。

 スマホで誰と連絡を取り合い、これからどこへ戻るのか。近くにある職場のデスクか、それともタクシーに飛び乗って自宅へ直帰するのか。そしてシャワーで全身の汗を流し、買ったばかりの服に着替えて別人のようにおめかしして、何食わぬ顔で夜の予定へ出かけるのだろう。

 ニューヨーカーは、ヨガウエアを着てヨガへ行く。目的地まではぺたんこ靴でガンガン歩き、勝負時にだけさっとピンヒールに履き替える。服を買うためにオシャレな店へ行くための服が無い、なんて嘆いたりしない。どれもこれも、かつての私には驚きだった。ところが慣れとはおそろしいもので、数年も経てばそちらがフツウとさえ感じる。合理性最優先、大いに結構。風邪さえひかなきゃ私たちは、どんな格好でランニングしたって、どんな格好でショッピングしたっていいのだ。

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岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。米ニューヨーク在住。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、『天国飯と地獄耳』(キノブックス)ほか。最新刊は、大手小町での連載をまとめた『40歳までにコレをやめる』(サンマーク出版)。本連載では挿絵も担当。http://okadaic.net/