ニッポンでは「#KuToo」…世界の働く女性の「靴」事情

サンドラがみる女の生き方

 一昔前は「マナー」であり「当たり前」であったことが、今は「問題」として提起されるということが近年増えました。ライターでグラビア女優の石川優実さんが「職場でのヒールやパンプスの強制をやめてほしい」と、日本語の「靴(くつ)」と「苦痛(くつう)」をかけて、英語の「#MeToo」をなぞらえた「#KuToo」運動を発起したのもその一つ。#KuTooは、多くの女性の賛同を得て、石川さんは先日、賛同者1万8800人分の署名を厚生労働省に提出しました。

 今回は、「女性と靴」の問題について、海外の状況とも比べながら考えたいと思います。

カンヌ映画祭でもハイヒール強制

 「公の場で女性はハイヒールを履くのが望ましい」という世間の声が大きいのは、何もニッポンだけではありません。たとえば、フランスのカンヌ映画祭ではここ数年、女性の「靴」関連の騒動がいわば恒例となっています。

 カンヌ映画祭には細かいドレスコードがあり、映画祭に参加する女性は、ヒールの高い靴を履くことがいわば義務付けられています。

 2015年には、フラットシューズを履いた女性が、映画祭への入場を拒否される事態が起きました。これを受け、翌16年のカンヌでは、女優のジュリア・ロバーツさんが抗議の意味を含めて、裸足はだしでレッドカーペットを歩いたのです。

裸足でカンヌ国際映画祭のレッドカーペットに登場したジュリア・ロバーツさん(ロイター)

 さらに18年にも、同映画祭の審査員を務めていた女優クリステン・スチュワートさんがレッドカーペットを裸足で歩き、「女性に対するフラットシューズ禁止令」に逆らってみせました。この件は大きく報じられ、スチュワートさんには会場からの退去命令も出されませんでした。そのため、「女性はヒールでなくてはダメ」というカンヌのドレスコードはなくなったかのようになり、カンヌでの「靴問題」はいったん解決したように思われていました。

 しかし、今年のカンヌでまた、米メディアのあるエディターの女性がフラットな靴を履いて参加しようとしたところ、セキュリティースタッフに入場を止められてしまったのです。このとき、女性は入場の際のひと悶着もんちゃくを動画に撮っており、映画祭のスタッフに「この動画をメディアに流す」と言ったら入場させてもらえたそうで、このエピソードも話題になりました。

 女性の容姿や身なりに関する規定が厳しいのは、芸能界だけではありません。ヒールの強制ではないものの、先日、ロシアのある会社が、スカート出勤の女性に褒賞金を出していることがわかり、「スカートを履かせようとするのは、社員の7割以上だという男性を楽しませるためのものなのか」と物議を醸しました。

 そんなこんなで、いわば「従来の男性の目線」で、女性にある種の服装や靴を求める傾向は、程度の差こそあれ、残念ながらどこの国にもあるものです。

欧米諸国での「ハイヒール強制を廃止する動き」

 15年、ロンドンの大手会計事務所で働くことになった女性が出社初日、ヒールのない靴を履いて出勤したところ、帰宅を命じられ、そのまま解雇されてしまいました。この女性は「ハイヒールの強制は苦痛だ」として、強制に反対する署名活動を開始し、10万人以上の署名を集めました。これを受けて、英国議会でも「女性の靴」問題が議題に上がり、その結果、ハイヒールの強制など女性差別的な服装規定の見直しを企業などに求める通達が出されました。

 また、カナダのブリティッシュコロンビア州は17年、企業などが女性従業員にハイヒール着用を義務付けることを禁止しました。その際、同州政府は、ハイヒールを履いた女性は転倒の可能性が高くなり、健康にも悪影響が及ぶと説明し、話題になりました。

 筆者の母国ドイツでは、女性の靴に関する決まりごとは、かねてより比較的緩やかなものでした。20~30年前は、ヒールを履いた女性らしいファッションが主流のイタリアなど南ヨーロッパの人から「ドイツ人女性の靴はダサい」などと、よく悪口を言われたものです。でも、今になって考えてみると、ドイツ人は時代を先読みしていたのかもしれません(笑)。

 冗談はさておき、ドイツ人は、傾向としてわりと合理的なことが好きですから、昔から靴というと、「おしゃれ」よりも「歩きやすさ」や「足の健康」が優先的に考えられていました。

 そういった背景もあり、ドイツの職場ではパンプスを履く女性もいますが、数は少ないですし、ハイヒール以外の様々な靴がフォーマルな場で認められています。ローファーや、モカシンシューズで出勤しても問題ありませんし、革の紐靴ひもぐつを履く女性、バレエシューズを履く女性など様々です。

ハイヒールだけの問題ではない

 ハイヒールが女性の健康に悪影響を及ぼすことがようやく広く語られるようになりましたが、ハイヒールを履くと、組み合わせの問題で、木綿の靴下ではなく、ストッキングを履かなければいけないことも多く、これもまた問題だと思っています。ストッキングもハイヒールも履き心地が良いとは言い難く、健康にもよくありません。

 さらに問題なのは、これは筆者の見解ですが、たとえば仕事が終わった後に、ふと思い立って今日は天気がよいから少し歩きたいな、などと思っても、ハイヒールを履いていると「歩く気持ち」がうせることです。結果的に仕事以外の行動も制限されがちで、大げさに聞こえるかもしれませんが、まさにある種の活力が奪われる感じがするのです。

 ハイヒールを履いていると、「やっぱり歩かずに済む活動にとどめておこうか」とか「まっすぐ家に帰ろうかな」という発想になりやすく、自然な形で体を動かす機会が減ることから、ますます不健康になる気がします。

「ハイヒールを履くのがマナー」は男性目線?!

 世間では「ハイヒールは社会人女性としてのマナー」だとか、「職場でのパンプスはいわば常識」などと語る人もいます。しかし、このマナーや常識は、男性の意見が幅を利かせている社会のものなのかもしれません。そこには、どこか「女性はこうあるべきだ」というような男性目線の考え方が透けて見えるのです。

 はたから見ていて「キチンとしているな」「きれいだな」と思う服装であっても、それを身に着けている本人が実は苦痛だということは多々あります。ヨーロッパには過去、女性がコルセットを身に着けていた時代がありました。身に着けていた本人にとって、コルセットが心地よくないものであったことは明白です。

 最近、議論に上がっているハイヒールに関してもそうですが、「常識だから」とか「今までもそうしていたから」という前例にこだわる声よりも、やはり現在、実際にハイヒールを履くことを強いられている「本人たちの声」に耳を傾けてほしいと思います。

「会社に届け出ればよい」の問題点

 会社によっては「健康上の問題などでハイヒールを履けない場合は、届け出るように」と決めているところもありますが、健康上の問題がなくても、歩きにくいからハイヒールは嫌だという女性もいます。女性によって履きたくない理由は様々です。

 届け出たらOKなら、その会社は多様性を認めているようにも聞こえますが、職場によっては「届け出るのはワガママだ」と受け取られるような空気になり、届け出る女性が少なくなってしまうのは目に見えています。そうすると、問題はまた「振り出し」に戻ってしまいます。

 「#KuToo」の賛同者の署名を厚労省に提出した石川優実さんについて、世間には「ハイヒールを履きたくなければ、国にそれを求めるのではなく、会社に個別で求めていけばいい」という声もあります。しかし、ニッポンの会社の経営陣は、女性より男性が圧倒的に多いため、どこか他人事です。女性のハイヒール着用を庇護ひごする立場の男性も多いので、国に訴える方法は良かったと思います。時間はかかるかもしれませんが、今後の展開に期待したいと思います。

サンドラ・ヘフェリン
サンドラ・ヘフェリン
コラムニスト

 ドイツ・ミュンヘン出身。日本在住20年。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「多文化共生」をテーマに執筆活動中。著書に「ハーフが美人なんて妄想ですから!!」(中公新書ラクレ)、「ニッポン在住ハーフな私の切実で笑える100のモンダイ」(ヒラマツオ共著/メディアファクトリー)、「爆笑! クールジャパン」(片桐了共著/アスコム)、「満員電車は観光地!?」「男の価値は年収より「お尻」!?ドイツ人のびっくり恋愛事情」(ともに流水りんこ共著/KKベストセラーズ)など。
 「ハーフを考えよう!」http://half-sandra.com/