世界共通・若い女性が「全身黒」ファッションにはまるワケ

岡田育「気になるフツウの女たち」

 カナダからやって来た留学生の女の子が、自己紹介で名を名乗り、年齢は19歳だと言ってから、こう続けた。

 「私はこれから一生、黒か白の服しか着ないと決めてるの。実家にあった色付きの服も全部捨ててきたわ、ほらね、ご覧の通りよ」

 たしかに全身、スウェットもスキニーデニムもスニーカーも、カバンもスマホケースも伊達眼鏡のフレームも、真っ黒である。カラフルな服は子供っぽくてダサい。私はもう立派な大人なのだから、美学を貫き、信念を持って、光と闇の二元論で自分を表現するのよ、と、そんな宣言だろう。

 だがあいにく、その場に集まっていた人々は、私を含めて彼女よりも年配の女性ばかりだったのである。キリリとシャープに眉を引き、バチバチにカッコイイ系の雰囲気を醸しながらクールに挨拶を終えた彼女に、その場では誰も何も言わなかったけれど、それでも空気がホワ〜ッと薔薇ばら色に温まるのを感じた。全員が親戚のオバチャンみたいなデレデレした表情を必死で押し殺している。か、かわいい。

 日本からやって来た30代半ばの私は、「この現象って万国共通、誰もが通る道なんだなぁ!」と感銘を受けていた。「これから黒しか着ない」って、私も中学生のとき、まったく同じことを言った記憶がある。ちょうどブームの兆しを見せていたヴィジュアル系バンドにハマッていたのもあるし、お小遣いが全然足りず、オシャレな色柄物の服を買いそろえることができなかったせいでもある。

 そういえば「一生、アニエス・ベーの服しか着ない」と宣言している高等部の先輩もいた。ベーシックな黒いアイテムが多いから、だいたい似たような話である。先輩、元気にしているだろうか。この記事の原稿料を賭けてもいいが、今は絶対、アニエス・ベー以外の服も着ているはずだ。だって私も、そうだから。

微笑ましい「黒と白しか着ない」宣言

 オシャレに目覚めはじめた思春期の少年少女は、身にまとうものでアイデンティティを示したい、誰の目にもワタシがワタシと一目で伝わる姿で賞賛を浴びたい、との気持ちを抑えきれない。とはいえ予算には限界があるし、親にとがめられたりもするので、毎日レディー・ガガみたいな格好で出歩くわけにもいかない。そこで編み出されるのが、ルールを制定してそれを守るという策だ。同じブランドしか着ない。同じ色しか着ない。白や黒などのモノトーンでシンプルにかためる手法はとくに、ゴシックロリータやアンティーク着物などを「縛り」にするよりも、ずっと実践しやすいのである。

 オシャレ意識が高い子だけではない。こだわりは強いが容姿外見には頓着したくないオタク層にとっても、色柄のセンスで競争しなくてよい「全身黒」は絶好の隠れ蓑になる。私のことです。かくして、どんな家族写真でもいつも一人だけ黒尽くめ、カメラをにらんでクールにキメたつもりの思春期女子は、「育ちゃんだけ葬式帰りか?」と親戚中の笑い者になったりするのである。

 世界にひとつだけの「個性」を発揮しようと知恵を絞れば絞るほど、哀しいかな、みんな似たようなソリューションに至る。そうして世界中で今日も、似通ったヴィジュアルの少女たちが新しく生まれては、「マトリックスか?」「スティーブ・ジョブズか?」「人形浄瑠璃か?」と笑われているのだろう。黒のコモディティ化である。

 多かれ少なかれ似たような季節をくぐり抜け、そしてそれぞれに痛い失敗や苦い卒業も体験してきたとおぼしき、色とりどりの服を着た年配の女性たち。現役バリバリの「黒と白しか着ない」宣言したカナダ人女子の真剣な面差しに、「笑ってはいけない」と「微笑ましい」との間で、ホワ〜ッと薔薇色になごんでしまうのである。

若さとかわいらしさ引き立てる色

 我が家の近所に「ROSIE’S」という人気のメキシカンレストランがある。美味しくてそこそこリーズナブル、色彩豊かなインテリアがインスタ映えもする。気候がよくなってくれば2ndアヴェニューに面したテラスはいつも満席、ガラス扉を開け放した室内にも爽やかに風が抜ける。

 まだみんな厚着をして、また雪が降りやしないかとびくびくしている三月の頃でも、締め切った店内は明るく賑やかで、常夏の楽園のようだった。コートを脱ぎ、マフラーをほどいて席に着いたら、ヘソ出しルックの店員にマルガリータを注文する。

 南国ムードの室内で、遠くの席に一人だけ、コートを脱がない若い女性が人待ち顔で水を飲んでいた。と、思ったら見間違いで、黒い長袖セーターに黒のワイドパンツを合わせているのだ。傍らにかけられたロングコートも黒、結い上げた髪も黒、足元のワークブーツも黒で、マニキュアを塗った爪も黒。おお、ここにもいたぞ、「全身黒」が。

 キンキンに冷えたマルガリータのグラスが到着する。長くて暗いニューヨークの冬、外はまだ氷点下になったりもするというのに、暖房をガンガンに効かせた店の中は仮想現実のメキシコ、熱くしすぎたコタツで汗をかきながらアイスを食べるような贅沢ぜいたくだ。それにしても室温設定は何度になっているんだろう、常夏の演出にしたってさすがに暑すぎないか。

 私の懸念を代弁するかのように、まだ一人で連れを待っている「全身黒」の女の子が、もぞもぞ上半身を動かしてモヘアのセーターを脱いだ。うんそうだね、あなた、見るからに暑苦しいもんね。まず両腕を外してから首を抜いた彼女は、インナーにも真っ黒い無地Tシャツを着ていた。裾がめくれて、白くすべすべしたお腹がぺろんとのぞいている。仏頂面のままサッと頬を染め、黒いマニキュアの指で大慌てでヘソを隠し、今の、誰にも見られてなかったわよね、という様子で左右を見回す。

 だがあいにく、私は見ていたのである。赤青黄に緑、花柄模様とモザイクタイルと切り紙飾りが照明を浴びて輝き、けばけばしいガイコツ人形のディスプレイが踊る店内で、「笑ってはいけない」と「微笑ましい」との間で、ホワ〜ッと極彩色になごんでしまう。すべてを塗り潰す神秘的で強烈な黒は、大人っぽく見えるようでいてその実、思春期のお嬢さんの若さとかわいらしさを、ぐっと引き立てる色である。

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岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。米ニューヨーク在住。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、『天国飯と地獄耳』(キノブックス)ほか。最新刊は、大手小町での連載をまとめた『40歳までにコレをやめる』(サンマーク出版)。本連載では挿絵も担当。http://okadaic.net/