結婚している方が「偉い」?! 「独身」「結婚」それぞれの良さ

サンドラがみる女の生き方

 日本では結婚をメインに取り扱う雑誌があったり、結婚というテーマが女性誌で多く取り上げられたりしています。結婚というと、その「めでたさ」がクローズアップされがちですが、結婚生活も独身生活もその名のとおり「生活」が伴うものなので、それぞれの「良さ」があるのはいうまでもありません。

「結婚できる」という言い方に違和感

 日本では何げない会話の中で「誰々さんは結婚できないと思う」「誰々さんは結婚できると思う」という言い方がされることがよくあります。先日、女性同士で集まった際に、ある女性がその場にいない女性について、「A子さんは普通に結婚できると思う」と言っていました。

 「普通に結婚できると思う」と言っているのだから、これはいわゆる「悪口」ではありません。でも、よく考えてみると、「結婚できる」という表現には、どこか「男性に選んでもらえる」というニュアンスがある気がします。逆に言うと、「選んでもらえない女性には何か欠けているものがあり、だから独身なんだ」というようなニュアンスも伝わってくるのです。

 独身の女性が結婚している女性と比べて劣るかのような言い回しが日常会話で何げなくされていることに、筆者はかねて違和感を持っていました。筆者が独身の頃、そのことを口にしたところ、「独身だからひがんでいる」というようなことを遠回しに言われてしまい、悔しい思いをしたことがあります。

 しかし、あれから何年かたち、結婚した今も、この「結婚できる」という言い方が相変わらず気になっています。それは、結婚することがあたかも一つの「能力」であるかのように語られているからかもしれません。

 筆者にとって衝撃的だったのは、ある女子会でタレントの「叶姉妹」の話になった時、ある人が「妹の美香さんは普通に結婚できると思う」と言ったことでした。何が衝撃的かって、筆者は、叶姉妹はもう「結婚する・しない」を超越した人たちと捉えていたのですが、世間の一部は、そんな彼女たちのことさえ「古い物差し」で測るのだな、と衝撃を受けたのです。

 余談ですが、英語やドイツ語ではそもそも「結婚できる」という言い方はしないので、会話に登場することはありません。後述するように、恋愛の話には事欠きませんが。

 何はともあれ、人間は日々、周りから聞いたことに無意識のうちにとらわれてしまっていたりします。でも、自分の幸せを追求するためには、こういった「感覚」から自由になることで、自分が本当に求めていることが見えてくるのではないでしょうか。

独身だからこそ楽しめること

 どんな人でも一日は24時間しかありません。つまり、人が一日に使える時間というのは限られています。独身生活の良いところは、そんな時間のことも含めて「誰のことも気にしなくてもよい幸せ」ではないでしょうか。

 筆者はマイペースな性格ですが、やはり結婚してからは独身の頃より「マイペースぶり」が発揮できなくなってきた気がします。独身の頃は、外で仕事が終わり、その後決まった予定がないと、フラッとカフェに寄って時間を気にせず読書をしたり、あとは「歩く」ことが好きなので、天気が良い日にはけっこうな距離を電車を使わずに歩いて帰ったりと、それは自由気ままに時間を使っていました。誰に何の断りを入れなくてもよいそんな時間は、とても居心地の良いものでした。

 結婚してからは、家に帰ったときにいつも誰かがいる安心感、そして二人で時間を過ごせる幸せがありますが、そうはいっても、誰のことも考えないで、自分の時間を楽しむ時間は確実に減りました。たとえば、外で仕事が早めに終わって、ちょっと一人で散策したいなと思っても、家で誰かが待っていると思うと、やはり時間を気にしてしまいます。「果たしてこれは人を待たせてまですることなのか……?」と気になるのですね。そう考えると、ささいなことかもしれませんが、「時間ができたら、それは全部自分のものだという幸せ」は独身ならではのものかもしれない、なんて思うのでした。

 人にもよるのでしょうが、「家で誰かを待たせた状態で仕事以外の何かをやる」というのが居心地の悪い場合があります。それは「時間」の問題だけではなく、やはり「気持ち」の問題も大きいです。誰かを待たせたくないという気持ち。それはそれで結婚生活につきものだとは思いますが、独身の頃のあの自由な感じも確実に「幸せ」でした。

 面白いのは「本人が感じる幸せ」は必ずしも、「周りから見た幸せ」と一致しないということ。現に私が独身の頃、仕事先からまっすぐ帰らず、カフェで読書をしたり、気ままに散策したりしていたことを、心配されることもありました。きっとハタから見たら、寂しい女に見えたのでしょう。でも今振り返ってみても、自由時間を100%満喫していた独身の頃の自分は、寂しさとは無縁でした。そうはいっても、前述のように結婚していることで感じる幸せもありますし、そこは「独身生活にも結婚生活にもそれぞれの良さがある」が正解だと思います。

結婚で「周りのプレッシャー」から解放される?!

 冒頭の「結婚できる」という言い回しのほかに、日本でよく耳にするのは、「結婚して、周りのプレッシャーから解放された」という言葉です。確かに、今まで「結婚は?」と聞いてきた人たちは、当人が結婚すると静かになります。でもしばらくすると「子供は?」という質問が降りかかってくることもありますし、子供を産めば、おせっかいなことに「一人っ子じゃかわいそう。2人目はほしくないの?」と聞かれる場合もあります。子育てをするようになってからも、「人」はいろんなことを言ってきます。そう考えると、結婚によって周りのプレッシャーから果たして本当に解放されるのかどうかは、かなり疑わしいです。女性の人生は何かと周囲からいろいろ言われますから、どんな状況にいても周りには何も言わせないぐらいの気迫がほしいものです。

世間からの「プレッシャー」ヨーロッパ女性も

 日本の女性に降りかかる結婚のプレッシャーについて触れましたが、では、ヨーロッパにその手のプレッシャーがないのかというと、少し形は変わりますが、「ある」というのが答えです。

 ドイツを含むヨーロッパでは、結婚をしないままパートナーとして生活をするスタイルも多く見られることから、「結婚」へのプレッシャーはないものの、ヨーロッパ社会は「カップル至上主義」ですので、恋愛相手やパートナーがいない女性に対して向けられる視線には、時に厳しいものがあります。

 日本のような「おひとりさま文化」もないため、たとえば、女性が一人で気軽にレストランでランチができるような雰囲気ではありません。そのため、とにかく恋愛相手がいなくてはいけないんだという強迫観念にとらわれ、相手が自分に合うかどうかをよく見極めないまま、「とりあえず」の恋愛に走ってしまう女性は、日本よりヨーロッパの方が多い気がします。

 ヨーロッパのような「女性はパートナーがいてこそ一人前」とか、昭和のニッポン流の「結婚してこそ一人前」などという「価値観」から離れることができたなら、本当の意味で自分自身の幸せを追求できるのではないでしょうか。

あわせて読みたい
サンドラ・ヘフェリン
サンドラ・ヘフェリン
コラムニスト

 ドイツ・ミュンヘン出身。日本在住20年。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「多文化共生」をテーマに執筆活動中。著書に「ハーフが美人なんて妄想ですから!!」(中公新書ラクレ)、「ニッポン在住ハーフな私の切実で笑える100のモンダイ」(ヒラマツオ共著/メディアファクトリー)、「爆笑! クールジャパン」(片桐了共著/アスコム)、「満員電車は観光地!?」「男の価値は年収より「お尻」!?ドイツ人のびっくり恋愛事情」(ともに流水りんこ共著/KKベストセラーズ)など。
 「ハーフを考えよう!」http://half-sandra.com/