大人になった「ビリギャル」小林さやかさんが今、伝えたいこと

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 塾講師の坪田信貴さん(現・坪田塾塾長)が2013年に著してベストセラーになった「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」(KADOKAWA)。金髪ギャルの「さやかちゃん」が、坪田さんとの出会いを機に勉強に打ち込み、難関の慶應大学の入試を突破した実話で、この話をもとにした映画「ビリギャル」(2015年)も大きな話題を呼びました。「ビリギャル」のモデルとなった小林さやかさんは今春、自身のこれまでの生き方などをつづった著書「キラッキラの君になるためにビリギャル真実の物語」(マガジンハウス)を出版しました。現在31歳の小林さんが、ビリギャルの「今」と「これから」を語ってくれました。

全国各地で講演活動

――著書には、就職や結婚、転職、離婚など、慶大に進学した「ビリギャル」こと小林さんのその後の出来事がつづられています。

 映画「ビリギャル」をご覧になった方などから「必死に頑張って合格した慶應は実際はどうだったのか」「その後はどんな人生を送っているのか」と聞かれることが多かったので、書ける範囲で本に書いてみようと。坪田先生の本や映画を通じて、皆さんが知っている私の大学受験の話は、私が30年間生きてきた中のほんの一部に過ぎません。その後の生活の方が、いろんなことを経験し、いろんなことを学んだので、勉強や人間関係のことで悩んだり苦しんだりしている学生たちに、私が学んだことを私の言葉で伝えられたらと思いました。

――現在は、どんな仕事をしているのですか。

 講演活動や、イベントの企画・運営などが主な仕事です。

――坪田さんが「ビリギャル」の本を出版したのは、小林さんが慶大を卒業後、ウェディング関連会社でウェディングプランナーをしていた時のことですね。

 その頃、私は25歳で、ちょうど結婚したばかり。会社を辞めて、フリーのプランナーになろうとしていた時期でした。

――自身の高校時代のエピソードが、25歳の時に注目されるようになって、どんな心境でしたか。

 周りは騒がしくなったけれど、私自身は何も変わらなかったです。「大学受験をして合格しただけなのに、どうして私が……」と思ったくらい。ただ、その頃から、ビリギャルとして講演会に呼ばれるようになったのは大きかったですね。多くの人が私の話を聞いてくださるなんて、それまではなかったですから。お話をして、いろんな反響をいただくたびに、「実はすごいことなんだ」って少しずつ実感が湧いてきた感じでした。

 今でも「もし坪田先生と出会っていなかったら、どうなっていたかなあ」って、たまに思うんです。たぶん、大学には行っていない。行かずに(地元の)名古屋で適当にバイトをして、もしかしたら早いうちに子どもを産んで、もしかしたら今頃シングルマザーになっていたかもしれない。そうなっていたとしても「楽しい」と言える自信はあるけれど、もちろん「ビリギャル」は生まれなかったですよね。

大学院で教育学を学ぶ

――どんなところで講演しているのですか。

 学校に呼ばれて学生さんたちの前で話をしたり、自治体が開く講演会に呼ばれて話をしたりしています。得意なのは、親の方々に向けた講演会です。「うちの子もビリギャルのようになってほしい」「良い勉強法を聞けるんじゃないか」と思って来られると思うのですが、私がいつも伝えていることは「ビリギャルの物語の本当の主人公は、私ではなく、私のお母さんなんです」ということです。私の母がどういう子育てをして、どうやって私を支えてくれたのかを重点的にお話ししています。

 母は、私が小さい頃から「さやちゃんは世界一、幸せになれる。あなたほどいい子はいないんだから」と言い続けていました。とんでもなく派手な格好をして家から出て行って、深夜まで帰らないような時期もあったけれど、それでも母は常に私を肯定してくれました。そんな母のおかげで、私は自己肯定感を持つことができたんです。だから、坪田先生と初めて会った時に、「君、面白いね。東大に興味ある?」と聞かれて、「東大はイケメンいなさそうだから嫌だけど、慶應だったら行ってあげてもいいよ。(嵐の)櫻井翔君が行っているから」と答えられた。そして、坪田先生が「じゃあ、君は慶應に現役合格する。いいね?」と言ってくださったんです。

 よく「ビリギャルは奇跡だ」とか「ビリギャルは地頭じあたまがいいから現役合格できたんだ」などと言う人がいるけれど、そんなことはありません。スーパー劣等生だったビリギャルが現役合格できたのは、ただシンプルに、学習環境が良かったから。坪田先生や母のように、私のことを認めてくれる大人が周りにいたからなんです。講演ではそんなことを強調しています。

――4月から、聖心女子大学(東京)の大学院で、教育学を学んでいるそうですね。

 ビリギャルと呼ばれるようになって5年たち、今は年間100回ぐらい、講演活動をさせていただいています。聴講者の人数を数えてみたら、年間3万2000人ぐらい。こんなに多くの方々が私の話を聞いてくださって、中には「ビリギャルのおかげで人生が変わりました」って、涙ながらに訴えてくる学生も少なくありません。そういう子たちを見るたびに、「私は、会ったこともない子たちの人生に関わっているんだ」という自覚が湧いてくるんです。

 ただ、私が話すことは、学生たちの心には響くかもしれないけれど、大人のなかにはまだまだ「あの子は元々頭がよかっただけだ」と思っている人もたくさんいる。私の話は、そういう人たちにとってはまだ説得力がないと思っているんです。だから、教育学を勉強することで、「ビリギャルはこうだったから合格できた」と、理論的に説明できるようになりたい。そうなれば、もしかしたら、教育制度を検討する場に呼ばれて提言したり、教育現場に入って先生たちの意識を変えたりできるんじゃないかと。そうしたら、子どもたちの未来が少しずつ良い方向に変わっていくんじゃないかと思っているんです。

――同世代の女性にメッセージを。

 子どもたちは、自分の身の回りにいる大人たちを通じて社会を見ています。だから、子育てに疲れ果てているお母さんや仕事を楽しんでいないお父さんの姿を見ていたら、その子どもたちは「オトナになるってつまんなそうだなあ」って思ってしまうのは当然です。まずは大人が、自分の人生を自分で決め、その人生を楽しむ。その背中を見せないことには、子どもたちは将来に希望を持てないし、学校に行く意味、勉強する意味を見いだせません。

 私は昨年、離婚を経験しましたが、友人などに離婚したと話すと、腫れ物に触るような感じで、気まずい雰囲気になることが多いんです。私は、離婚は未来をより良くするための選択肢の一つに過ぎないと思っています。もちろん、つらくて心が傷ついた時もあったけれど、前の旦那さんとは良き友人として今も関係が続いています。日本にはまだ「結婚したら、なるべく離婚しないで頑張らなきゃいけない」という風潮が残っているけれど、「こうじゃなきゃいけない」といった考えは捨てて、生き方の選択肢をいっぱい持っていた方がいいのではないでしょうか。そういう大人が増えたら、子どもたちにも生き方のヒントをたくさん与えられるし、少なくとも私は、そんな大人になりたいと思っています。
(取材・読売新聞メディア局 田中昌義、写真・吉岡毅)

小林 さやか(こばやし・さやか)

1988年生まれ、名古屋市出身。高校2年の夏に小学4年生レベルの偏差値30の学力しかなかったが、その後、1年半で偏差値を40上げ、慶応義塾大学に現役合格。卒業後は、ウエディングプランナーに。現在は、講演活動やイベントの企画運営をしながら、札幌市の札幌新陽高校で「校長の右目」という役職でインターンをするなど、多岐にわたって活動中。2019年3月に初の著書『キラッキラの君になるために ビリギャル真実の物語』(マガジンハウス)を出版。4月より、教育学の研究のために大学院に進学。