壁にアートを!「塗装女子」急増のヒミツ

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 3K(キツイ・キタナイ・キケン)――そんなイメージを持たれがちな建設業界。人手不足も深刻化する中、神奈川県のとある塗装工事会社では、女性の塗装職人「塗装女子」の数が急増しているそう。なぜ、塗装女子が増えているのか。仕事現場や会社を訪れ、そのヒミツに迫りました。

現場で活躍する「塗装女子」

 足場を軽々とつたって2階部分まで登ったり、ペンキの入った一斗缶を片手に移動したり――男性職人と変わらぬ身のこなしで、次々と住宅の壁に色を重ねていくのは、佐野汐李しおりさん(27)。2級塗装技能士の資格を持つ「塗装女子」で、塗装工事会社「ユーコーコミュニティー」(神奈川県厚木市)で働いています。

2階の窓枠近くを塗装する佐野さん。下から見上げると、足場の高さは3メートルほどもあります。

 足場の組み立てなど力仕事をする時や、高い場所にペイントローラーが届かない時は、男性との差を感じることがあるといいますが、「男性の職場だからこそ、女性であることがプラスに働くことも多いんですよ」と佐野さんは明かします。施工中、在宅の奥さんから作業の進行状況を尋ねられたり、色味の細かい指定を受けたりすることも多く、「女性だと話しやすいね」と喜ばれることもあるそうです。

企業の一員として絵を描き続けられる

 東京造形大大学院で油絵を専攻していた佐野さん。元々、塗装会社には全く興味がありませんでしたが、大学で開かれた合同会社説明会で、ユーコーコミュニティーが「アート塗装」というサービスを手がけているのを知りました。

 「アート塗装」とは、外壁のデザインにこだわる戸建てが増えたことから、同社が4年ほど前に始めたサービスで、顧客の希望に合わせて、職人が塗装した壁面に絵を描きます。ネコのイラストなどをワンポイントで入れたり、壁いっぱいにキャラクターのイラストを描いたりなど、依頼される仕事はさまざま。

住宅と幼稚園に、アート塗装を施す前後の写真。塗装する前と比べて、華やかな雰囲気になっています。(ユーコーコミュニティー提供)

 就職活動をしていた佐野さんは当時、作品づくりを続けたいという思いと、個人で作家として生活することへの不安を抱え、将来に悩んでいました。そのため、企業の一員として絵を描き続けられることに魅力を感じ、16年に入社しました。

 これまでに、イヌや草花などの絵を描き、壁面に彩りを与えてきました。絵の完成が近づくにつれて、これまで誰も見向きもしなかった建物の前で人が足を止めたり、地域の話題に上ったりする機会が増えていく。そんな周囲の変化に気付いた時、アート塗装のやりがいを感じるといいます。

 「塗装することで、家に対する見方や固定概念を変えたり、人に何かを気づかせたりすることができる。根本の部分は、アートと同じだと思うんです」

「働きやすさ」より「働きがい」

 同社には現在、佐野さんを含む塗装女子が22人所属。職人全体の6割ほどを女性が占めています。09年の創業当時は、若手人材の獲得に苦労したといいます。なぜ、塗装女子を増やすことに成功したのか。そのカギは、同社が採用への考え方を転換したことにありました。

 「うちは正直、まだ小さい会社で、働きやすいとは言えません」。そう明かすのは、同社の阿部真紀社長。就活生らに関心を持ってもらおうと、当初は「働きやすさ」をアピールしていましたが、実際の働き方とのギャップに戸惑い、辞めていく新入社員が少なくありませんでした。

 阿部社長は悩んだ末、会社と採用学生とのミスマッチを防ごうと、「働きやすさ」ではなく「働きがい」を追求していく方針に転換しました。

 まずは、「塗装はアート。実は、カラフルで華やかな業界」と新たな魅力を見出し、ターゲットに定めた美大生たちに「好きなことを仕事に生かせる」と呼びかけました。魅力を語る一方で、冬は寒さで、夏は暑さで現場は大変なことや、ペンキで体が汚れるといったことも正直に話し、仕事のイメージのギャップをなくそうとしたのです。

 その結果、14年に初めての美大卒の女性職人が入社。美大生は女性比率が高いこともあり、就職志望者が増えるにつれ、職人に占める女性の割合も高くなっていったといいます。

(ユーコーコミュニティー提供)

 女性職人が働きやすいよう、職場環境の配慮も欠かせません。トイレがない現場もあるため、現場から離れた場所にあるトイレに行けるよう、折りたたみ自転車を貸与したり、力が弱くても扱える女性向けの機材を導入したりするなど、支援に工夫を凝らしています。その結果、以前は30%ほどに上った女性職人の離職率は、今では4%になりました。

塗装業界のイメージを塗り替える

 そんな塗装女子が、マスコミ報道やSNSを通じて注目を浴びるようになり、アート塗装の依頼は、この4年ほどの間で計100件を超えました。4月29日には、神奈川県藤沢市内のショッピングセンターで、子どもたちとのアートイベントを初めて開くなど、活躍は広がりを見せています。

 ただ、建設業界は、東京オリンピック・パラリンピックの開催などに伴い、需要は拡大する一方、人手不足に悩まされているのが現状。国土交通省と日本建設業連合会(日建連)などは14年、人手不足の解消を目指して、5年以内に左官工や溶接工などの女性技能者を約18万人へと倍増させる目標を掲げましたが、18年現在、約10万4000人。全体の約3%にとどまっています。

 「単純に建設業界とひとくくりにすると、若い人や女性は足を踏み入れにくいと思います。そうではなくて、塗装、左官、溶接など各業界がそれぞれの良さを再定義することで、いろんな人に魅力を知ってもらうことにつながるはず」と阿部社長。「若い人たちが日の目を浴びる業界に押し上げて、憧れられる職業にしたい。若手社員が増えた今、それをより切実に考えています」と力を込めました。
(読売新聞メディア局編集部 安藤光里)