モロッコで出会った古宿の女将が作り出すもの

岡田育「気になるフツウの女たち」

 昨冬、初めてモロッコを訪ねた。各地を観光して回る旅の途中、印象に残った光景が一つ。街場の喫茶店に女性がいない。地元民のための社交場、客がみんなテレビのサッカー中継に見入っているような店は、完全にメンズ・クラブである。宗教的背景に根ざしているのだろう、看板があるわけでもないのに一目で女子禁制とわかる。当然、外国人の私がフラッと入れる場所ではない。

 例外はシェフシャウエンの広場にある喫茶店で、テラス席で憩っているジュラバを着た老人たちに手招きされて足を踏み入れ、促されるまま同じ大テーブルにつき、一緒にミントティーを飲んだ。でも、うちの夫婦ともう一組いたバックパッカーの男女を除いたら、やっぱり男性客だけ。夫たちがこうして外で集まり、異教徒の観光客たちと同席する間、女性たちは家の内で集まっているのだろう。

 織物や陶芸などを扱う土産物店で接客にあたるのも男性で、女性たちは奥の狭い工房にかたまって刺繍ししゅうや絵付けをしている。性別による完全分業制だ。男たちは、どうだ物珍しいだろう、好きなだけ写真を撮っていいんだぞ、と言うが、顔と指先以外をすっぽり伝統衣装で覆い、はにかみながら小さくなって手を動かし続ける彼女たちの姿を見ると、別の文化圏で育った私が無遠慮にシャッターを切るのもはばかられた。

 一方で、日本語のガイドブックに載るような繁華街の飲食店は、パリの雰囲気を模したカフェだったり、逆に過剰なほどモロッカンスタイルを押し出したレストランだったり、外国人観光客を中心におもてなしする仕様となっている。各国語で書かれたメニューを取り揃え、価格設定も高い。こちらのほうでは、モダンに装った裕福そうな女性たちが午後のお茶を楽しんでいたりもする。

 極めつきは、カサブランカで泊まったシェラトンホテルだった。警備員が開閉する鉄門をくぐって敷地内へ入ると、中はすっかりカット&ペーストで移植されてきた「西洋」なのだ。ほぼ全員と英語が通じて、ミントティーは高いどころか、ニューヨークのホテルで飲むのと同じ値段。どこの国を旅行しているのかわからなくなる。女のいない喫茶店とは真逆の意味で、これもなんだか妙な気分だ。

歴史と文化の粋を凝縮したリアド

 次に訪れた古都フェズでの滞在先は、「リアド」と呼ばれる、古い豪邸を改装したプチホテルだった。日本に置き換えると、町家を改装した旅館に泊まるようなイメージだろうか。天蓋付きのベッド、噴水のある中庭や屋上庭園、小ぶりで清潔なハマム(蒸し風呂)。一度に数組ずつしか客をとらないため、共有スペースでもゆったり過ごせる。

 フロントを切り盛りしているのは、小柄な若い女性だ。料理や荷物を運んでくる男性従業員たちは伝統柄の揃いの制服を着ているなか、紅一点、パーカーやジーンズといったラフな私服姿が童顔を引き立たせている。

 アルバイトの女の子かな?と思ってしまう外見だが、彼女こそがこのリアドを取り仕切る総支配人、日本でいう「女将」なのだった。ロンドン留学して観光ビジネスを学び、生まれ育った故郷へ帰ってきて、前の経営者から現在の仕事を引き継いだとのこと。公用語であるアラビア語のほか、英語、フランス語、スペイン語を話す。

 フェズの旧市街(メディナ)は8世紀から大都市として栄え、中心部に家屋や店舗が密集して、狭い街路が複雑に入り組んだ、迷宮のような都市だ。世界遺産に指定されているものの、治安が良いとは言えない。不慣れな観光客はガイドを雇って安全なツアーコースを廻るように、と勧められた。実際、出歩くだけでみるみる生気を吸われるような不思議な魔力をたたえた街だ。なめし革の工房から漂う臭気、陽の射さない袋小路の暗みやぬかるみ、つねにどこかが増改築工事中の雑然とした路地裏をせわしなく大量の人が行き交う。分厚い門扉をくぐってリアドに帰ると、それだけでホッとする。

 といってこの宿は、シェラトンのように西洋化されているわけでもない。エレベーター完備でお酒も供されるけれど、あらゆる壁と床とが数世紀前から継ぎ足し続けられたモザイクタイルに彩られ、伝統的な調度品が現役で活躍する昔ながらの建物だ。ほこりっぽい旧市街の「外」とは別の意味で、こちらの「内」にも歴史と文化の粋が凝縮されている。開襟ブラウスにジーンズ姿の女将が、その守り人なのである。

男の仕事も女の仕事も一人で

 私たちが中庭を眺めてディナーを満喫する間、女将は地ワインの栓を抜いてテイスティングを促し、皿を片付け、お茶を運び、館内Wi-Fiの調子を確認しては、年配の男性従業員にテキパキ指示を飛ばし、上の階に泊まる中国人母娘の記念撮影のシャッターを押してやり、下の階に泊まるドイツ人家族の誰かが怪我をしたとかで、救急箱を持って応急処置をしに行った。

 男の仕事と思われていることも、女の仕事と思われていることも、何でも全部、一人でやって、誰とも何も分業しない。モロッコ滞在数日目、そんな女性の姿を久しぶりに見た気がする。いや、私だってそうなのだけど。

 大忙しで立ち回る彼女、ようやく一息つくと、デザートを前にくつろぐ我々夫婦に向かって「あなたたち、とてもいいお客さん!」と耳打ちした。あれこれ頼みごとをしてくる他の宿泊客と比べて手がかからない、という意味だ。私たちへの褒め言葉というより、別の客への愚痴である。正直すぎて笑ってしまう。

 海あり山あり砂漠あり、東西南北にまるで異なる地形をたたえ、数種類の民族と宗教が入り乱れ棲み分けられ、スペインやフランスと交わった歴史を経由して、異国からの観光客を絶えず受け入れ押し戻しながら、何層にも折り重なった社会が形成されている国だ。短い滞在でそのすべてを体験することなど到底不可能、何が「フツウ」かさえも知り得ない、ということを学んで終わる旅だった。

 それでもフェズのリアドには、あの女将がいる。人口比でいうとマイノリティにあたる黒人系だし、外国で高等教育を受けたエリートでもある彼女は、モロッコ女性としては珍しい部類であろう。だからこそ、グローバルとローカルとをつなぎ、二つの異文化の接点を作り出すことができる。鉄のゲートで敷地の内外を隔絶する代わりに、よそもののために、古都の玄関扉を押し開いてくれるのだ。

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岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。米ニューヨーク在住。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、『天国飯と地獄耳』(キノブックス)ほか。大手小町での連載をまとめた『40歳までにコレをやめる(仮)』(サンマーク出版)を2019年初夏に刊行予定。本連載では挿絵も担当。http://okadaic.net/

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