渋谷・ハチ公像前「もう一つの銅像」の意外な使われ方

岡田育「気になるフツウの女たち」

 「地球のうえにあそぶこどもたち」という銅像作品をご存じだろうか。まぁ、知らないですよね。私も今、Google検索をかけて初めてその正式名称を知りました。東京都渋谷区の、区政70周年を記念して2002年から設置されているモニュメントだそうです、はい。どこに設置されているかというと、ハチ公前交差点に。

 ああ! と思い出した方もいるかもしれない。どんな像かは忘れていても、あの有名な駅前交差点に、忠犬ハチ公像でもなく、青ガエルこと東急初代5000系車両でもない、もう一つの何かが存在していることを。南口方面から続く歩道が交差点に突き当たるところ、植え込みの先端に、地球を模した半球の上で全裸の子らが遊び戯れる像がある。つい見落とされがちなのは、どうしても交差点へ目を奪われてしまうためだろう。

 今更説明するまでもないが、この渋谷駅前スクランブル交差点はそれ自体が、大人気の観光スポットである。国内からの旅行者も、外国人観光客も、みんな夢中で写真を撮る。私は東京出身で、10代の頃は通学定期券を使ってよく渋谷へ遊びに来ていた。毎日のように横断するそれの何が「よその人」たちを惹きつけるのか、まるで理解できていなかった。見る目が変わったのは、東京を離れて暮らすようになってからだ。

 ニューヨークのタイムズスクエア、ロンドンのピカデリーサーカス、それぞれの都市を象徴する華やかな広場は各国に存在するけれど、行き交う人もクルマも何一つ中心に停滞せず、すべてが流動し続ける、あんな光景はなかなかない。坂に囲まれたすり鉢状の地形、昼日中でもどこか禍々まがまがしさが漂うネオンの看板、背格好こそ画一的だが思い思いの服を着た雑多な日本人の群れ、なんとも躍動的でフォトジェニックだ。感心して、思わず私もスマホで撮影してみたりする。レンズ付きフィルムを持ち歩いていた10代の頃は、一度も撮ったことなかったくせに。

「こども」の頭にお尻を乗せて写真撮影

 その日、私は松濤を目指して渋谷駅へ降り立った。道玄坂方面をぼんやり眺めていると、ジーンズに包まれた長い脚が見えた。やたらかしいでいる脚だ。ちょうど斜め45度くらい。そして位置が高い。宙を飛んでいるように見える。脚を辿たどって顔まで見上げると、白人系の女性、すっぴんに洗いざらしの髪、アウトドアブランドでかためた服装はバックパッカー風。ガイドブックの挿さった肩掛けバッグと履き古したスリッポン、飾らず、気負わず、旅慣れた様子が伝わってくる外国人だった。

 そして区政モニュメントである。私よりも数十センチ高い位置で斜めに傾いでいた彼女は、奇術師に吊られて宙に浮いていたわけではなく、「地球のうえにあそぶこどもたち」の「こども」の頭にお尻をデンと預けて、分厚い防水ケースに包まれたスマートフォンを構え、渋谷スクランブル交差点の全景を写真におさめようとしていたのだ。

 犠牲者となった「こども」は三頭身くらい、自分の数倍はある女性の重心を頭一つで支えて、ギリシャ神話の天空を背負うアトラスか、はたまた岩を運ぶシーシュポスか、いずれにせよ罰ゲームを受けているようにしか見えない。「人という字は、人と人とが支え合っている……」という『3年B組 金八先生』の名台詞せりふも思い出すが、あれって長いほうに比べて短いほうはたまったもんじゃないよな、と改めて思う。

 信号が青に変わり、大盛堂書店のほうへ渡りながら振り返ると、彼女はまだまだ斜めに立っている。微動だにせず、SNS用のタイムラプス動画を撮っているのかもしれない。とても楽しそうで無邪気だった。誰も彼女を注意して止めたりしない。驚いて気にしているのも私だけのようだ。

 渋谷へ来たのは約一年ぶり、最近の事情はまったく知らずに妄想を述べるのだけれど、もしかしてこの記念モニュメントは今、「スクランブル交差点の全景をおさめるのに絶好の撮影スポット」として外国語のガイドブックに紹介されていたりするのだろうか。「うまいことお尻を預けると、引きの画角でQ-FRONTがきれいに撮れるよ」とか、「人混みを俯瞰ふかんで見下ろせて、ドローン撮影みたいな迫力が出るよ」とか、そんな口コミが広まっているのだろうか。そして毎日ここを行き交う日本人にとっても、もはや当たり前の光景となっているのか?

「よその人」が気付いた存在価値

 神聖なモニュメントに土足で上がり、天使のようなこどもの頭にお尻を載せるなんてけしからん!……私が生まれ育った文化圏に限って言えば、これは墓場で走ったり、床の間に乗ったりするのと同様、こっぴどく叱られそうな行為ではある。少なくとも作者はカンカンに怒るだろうし、そのうち世界数カ国語で「お尻を乗せてはいけません!」と警告の看板が立ったりもするかもしれない。

 でも私はあんまり腹が立たない。彼女の「活用法」を見るまで、恥ずかしながらそこに銅像が存在していることすら忘れていた。そんな人間に怒る資格もないだろう。写真映えする交差点も、撮影に便利なスポットも、私が気づかなかった価値にいち早く気づいたのは「よその人」たちなのだ。真似する勇気はないけれど、よく見つけたなぁ、と感心してしまう。

 「アメリカ人は『禁止されていないことはしてもいい』と考えるが、日本人は『許可されていないことはしてはいけない』と考える」というフレーズがある。彼女がどこ出身かは不明だが、今のところこれは「してもいい」行為なのである。渋谷駅前スクランブル交差点は、もはや日本人だけのものではない。前提となる文化や常識がまるで異なる多様な人種が躍動する、グローバルな公共空間だ。日本人の内向きな「暗黙の了解」だけでは、到底コントロールできないカオスがそこにある。

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岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。米ニューヨーク在住。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、『天国飯と地獄耳』(キノブックス)ほか。大手小町での連載をまとめた『40歳までにコレをやめる(仮)』(サンマーク出版)を2019年初夏に刊行予定。本連載では挿絵も担当。http://okadaic.net/

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