生まれては廃れるファッションの「最後のフォロワー」

岡田育「気になるフツウの女たち」

 ここ数年、派手なメタリックカラーのダウンジャケットが流行っていたのは、皆様のご記憶に新しいことと思う。単なる金色や銀色ではなく、全体にメッキをかけたような、『聖闘士セイント星矢』の黄金ゴールド聖闘士のような、あるいは東西冷戦下で最初期に開発された宇宙服のような、はたまた鰻屋やホルモン屋の軒先から嗅げとばかりに突き出た銀色のアルミダクトのような、あの金属的光沢を放つダウンジャケットである。

 私が最初に試着したのは2015年秋、レインウエアブランド・K-WAYの店頭だった。結局は別の色の型違いを購入したのだが、顔料を塗ったのではなくはくを貼り付けたような派手な金色を、当時はとても目新しく感じた。ほぼ同時期、モンクレールやSupremeといった人気ブランドの店頭にも並び始め、あっという間に街中でさまざまな金銀ピカピカのコートを見かけるようになった。2018年にはルイ・ヴィトンも類似のアイテムを出したらしく、モードを模倣するファストファッションの店舗でも、今や気軽に手に入るようになっている。

 流行は生まれ、そして廃れる。「こんなの見たことない!」という驚きが、「オシャレな人がよく着ているな」へと移り変わり、やがて「みんな持ってるよ」の大合唱と在庫一掃処分セールを経て、「あー、ちょっと前に流行ったよねー」と消費し尽くされる。出たての頃には「フューチャリスティック!」と賞賛を浴びていたものが、ちょっと目を離した隙にキャズムを超え、「全身ホイル焼きみたいなアレ」などと呼ばれてしまうようになる。

 2018-2019年の秋冬、メタリックカラーのダウンジャケットは、「少し前から流行っていて、街でもよく見かけるけど、もう最先端というほどでもない」位置付けに落ち着いた。トレンドとしてはさほど長続きしなかった。あのとき迷って買わなかったのは正解だったかもしれないな、と考えていたところへ、素敵な着こなしに出会でくわした。

愛らしいメタリックダウンジャケット姉妹

 平日19時半、ニューヨークの地下鉄33丁目駅の階段を上がってすぐのところ。エンパイアステートビルまで歩いてすぐ、マレーヒルと呼ばれている一帯だ。すっかり日が落ちた暗闇に、光り輝く小さな人影が二つ、トコトコ歩いている。同じブランドのお揃い、メタリックゴールドのダウンジャケットを着た幼い姉妹だった。

 長女のほうは私の腰より少し上くらいの背丈、次女のほうはさらに頭一つ小さく、どちらもロング丈のダウンジャケットがほとんど地面に接しそうになっている。何かに似ていると思ったら、ウィスキーボンボンだ。酒瓶をかたどったチョコレートが金紙に包まれている、あのころんとしたフォルムそのままに、着ぐるみをかぶったウィスキーボンボンのゆるキャラのような二体。かわいい。親に連れられて学校帰りにそのまま外出しているのだろう、これまた色までお揃いの白のカンケンバッグを背負っている。

 きれいな姉妹だった。姉のほうはおでこをあげて長い髪を垂らし、バレエか何か習っているのか、背筋がピシッと伸びている。最近になって自分の美貌が武器になることを自覚し始めたばかり、といった凛とした顔立ちの少女だ。かたや妹のほうは無自覚この上なし、輪郭線も表情もふわふわと発展途上で、最終的にどこへどう定まるのか未知数な甘ったれ顔が天使のように愛らしい。

 そろそろ子供服めいた子供服を卒業したいと思っている長女が、巷の大人たちの流行を追いかけてメタリックダウンジャケットを親にねだる。いつでも姉だけを追いかけている次女は、ルイ・ヴィトンの最新コレクションなんて全然知らず、ただただ姉と同じものをねだる。もっと過激なモード服なら難色を示すはずの親も、「ああ、最近よく見るアレね」と、ブラックフライデーのセールか何かで姉に買い与え、「おねーちゃんとおんなじがいいー!」と駄々をこねる妹にも、ついでに買い与える。かくして小さな金色のホイル焼き、二丁上がり、といったところか。

流行が「もう子供服になっていい」領域に

 イノベーターとアーリーアダプターの後を追いかけ、キャズムを超えてマジョリティが押し寄せてくる。この構造をファッション業界に置き換えると、子供服というのは最後の最後に流行を取り入れるフォロワーであろう。キッズが絡むと途端に保守伝統的な価値観が鎌首をもたげるのは、世の常だ。普段は先駆的な親だって学校の保護者会にはなるべくコンサバティブな服装で出向くだろうし、子供のよそゆき服は、トラッドであればあるほど高齢者からの受けがよい。

 思い出すのは、1990年代初頭の小学校の修学旅行。気合いを入れてヒョウ柄ボディコンワンピースに金鎖のベルトを巻いてきた同級生が、引率の先生からこっぴどく叱られていた。頭ごなしに「まだ早い」と説教されているのを気の毒に感じたものだが、あれは私たちの実年齢というより、子供服が大人の流行を取り入れる速度についてのお叱りだったのだと思う。今の時代なら、ボディコンはさておきヒョウ柄の子供服なんて、いちいち怒られたりはしないはずだ。

 ここ数年かけてすっかり社会に浸透したメタリックジャケットの流行も、瞬く間に「もう子供服になっていい」領域に達した。いったい誰が決めてどう許しているのか皆目不明だが、たぶんヒョウ柄よりずっと解禁が早い。通りすがりの私も「うん、もういい」と認識が一致する。大人がコーディネートを失敗するとアルミダクトにしか見えないリスクの高いアイテムだが、キッズ服として着られてみると鉄板でかわいい。いつまでも見飽きず、小さな宇宙飛行士たちに「フューチャリスティック!」と賞賛を送る。子供とは存在そのものが未来の象徴、当然といえば当然か。

 次女のほうは最小サイズでもまだ大きすぎたのか、ぶかぶかのフード、持て余した袖や裾を引きずって、お姉ちゃんの後を懸命に追いかけていく。この子はトレンドに関係なく、あと数年ぼんやり同じものを着続けるだろう。ジャストサイズで着ている長女のほうは、ちょうどみるみる背が伸びているところ、来年の秋冬にはもう着られなくなっているかもしれない。姉妹お揃いでイケてるメタリックを着るのは、この冬が最初で最後。あっという間に移り変わる流行には時に虚しさを感じることもあるが、子供たちの目まぐるしい成長は、光の速さでキラキラと微笑ましいものである。

岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。米ニューヨーク在住。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、『天国飯と地獄耳』(キノブックス)ほか。大手小町での連載をまとめた『40歳までにコレをやめる(仮)』(サンマーク出版)を2019年初夏に刊行予定。本連載では挿絵も担当。http://okadaic.net/

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