「東京の女の子」世界にイメージ拡散中

岡田育「気になるフツウの女たち」

 昨年の夏、東京で、うんと細い金縁フレームの丸眼鏡をかけた女の子と出会った。それも、立て続けに、三人。三人とも日本人で、一人はアッシュグリーンのおかっぱ頭、一人は腰まで届く黒くて太い三つ編み、一人はコテで丁寧にくるくる巻いた明るい茶色のロングヘアーだった。

 三人目に会ったとき、思わず「それ、流行ってるんですか?」といてしまった。明るい茶色のロングヘアーは、「えっ、眼鏡のことですか? よくわかりません」と答えた。「とくに意味はなく、ファッションで掛けている、伊達眼鏡ですよ」とのことだった。

 顔の半分を覆うような大きな縁取り。ファッションアイテムとしては個性的な部類に入るのだろうし、よくよく見ればそれぞれに違いがあるのだろうけれども、同じ街で別々の用事を済ませるたびに五日で三回も見かけると、さすがに画一的とさえ感じられる。

 もしもこの街に住んでいたら、私もこの夏、あの同じ金縁フレームの丸眼鏡をかけていただろうか。きっとそうなのだろう。誰にも何も強制されていないのに、自分でも気づかぬうちに、そうやって「東京の女の子」のイメージが形成され、共有され、拡散されていく。もし東京という街に住んでいたら、誰もがその現象に加担する一人となるのだ。

ニューヨークで金髪の「ワセジョ」に遭遇

 同じ年の秋、ニューヨークを歩いているときにも、うんと細い金縁フレームの丸眼鏡の女の子を見かけた。胸元まで豊かにうねる金髪、カレッジトレーナーに白いホットパンツ、生脚にスニーカー。信号の色が変わり、こちらへ歩いてくる。

 若者はオシャレでカレッジトレーナーを着る。自分が通学しているわけでも卒業したわけでもない、縁もゆかりもない、遠い異国の大学のアイテムを、いわれや由来などまったく気にせず身にまとう。日本のネットショップで、ハーバード大学のロゴ入りパーカーが「ワードローブに知的センスをアップ!」といった宣伝文句で売られているのを見たことがある。

 もちろん本物のハーバード卒が、そんな理由で母校のパーカーを着ることはない。あまりにも忙しい学生生活、寝る間も惜しんで課題のレポートをこなす日々、服装に頓着する暇がないから大学売店で安物を買い、ずっとその寝間着のような格好で学生寮と教室を行き来する、そんな位置付けの冴えない服が、古着屋へ流れ流れて意味を変え、外の世界でかっこいいファッションとなるのだ。

 それでその、金髪の女の子が着ていた臙脂えんじ色のカレッジトレーナー、メンズサイズのだぶついた胸元には、白いプリントで、でかでかと「WASEDA  UNIV.」と書いてあった。早稲田大学である。

 努めて平静を装い、バレないようにすれ違い、五番街をまたぐ横断歩道を渡りきったものの、十分に距離を置いてから、やっぱり振り返ってしまった。ワセジョだ。今、ワセジョがいた。

憧れの彼の地の最新トレンドをチェック

 もちろん本物のワセジョが、あんな着こなしで母校のトレーナーを着ることはない。親戚や友人が関係者なのかもしれない、交換留学で在籍していたかもしれない、贔屓ひいきのスポーツ選手の所属先だったりするのかもしれないが可能性は低く、おそらくは、この街の古着屋で見つけて何気なく買ったのだろう。単なるファッションアイテムとして、謂れや由来などまったく気にせず、とくに意味はなく、着ているだけだ。つまり伊達眼鏡ならぬ伊達ワセジョである。

 頭の中に浮かんだ無数のクエスチョンマークをすべて拭うことはできないけれど、私には、金縁の丸眼鏡がある。彼女が掛けていたあの眼鏡は、この夏さんざん見かけたあの同じ眼鏡だ。ここ数年たしかに大振りのフレーム自体が流行ってはいたが、他の街ではあれほどまでの頻度で見かけることはない、同じ眼鏡。つまり彼女の本日のコーディネートは、「東京の女の子」がコンセプトなのである。

 アニメや漫画が好きなのかもしれないし、日本文学専攻なのかもしれない、あるいは本当はコムデギャルソンが着たいけど高くて買えなかったのかもしれない。写真投稿SNSやコーディネートアプリを参考に、憧れの彼の地で何が流行っているのか、最新トレンドをつねにチェックしている。ニューヨークでは五週間に一回くらいしか見かけない金縁丸眼鏡を、彼女が買って掛けているのは、他に理由が考えられない。

 交差点ですれ違っただけの相手で、人種も判然としないし、国籍も年齢もわからない。しかし、この街で多くの人が気にも留めずに見過ごしてしまう、彼女が全身から発するメッセージは明確だった。たとえ本物でなくたって、あるいは日本という国へ行ったことすらなくたって、ワセジョのコスプレをしたあの子は今日、ニューヨークに咲いた「東京の女の子」だ。

 それにしても、彼女がこのトレーナーを買った古着屋に、そのトレーナーを売ったのはいったい誰なのだろう。ひょっとしてこの街のどこかに「東京の女の子」への変身願望を叶えるためのセレクトショップがあって、そこが新品を買いつけていたりするのだろうか? 捨てる神あれば拾う神あり、オシャレって本当に難しい。

岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。米ニューヨーク在住。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、『天国飯と地獄耳』(キノブックス)ほか。大手小町での連載をまとめた『40歳までにコレをやめる(仮)』(サンマーク出版)を2019年初夏に刊行予定。本連載では挿絵も担当。http://okadaic.net/

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

天国飯と地獄耳 [岡田育]
価格:1620円(税込み) (2018/6/4時点)