「悪魔のおにぎり」生んだ南極観測隊員・渡貫淳子さんが初の著書

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 第57次南極地域観測隊(2015年12月~2017年3月)に調理隊員として参加した渡貫淳子さんが、初の著書「南極ではたらく~かあちゃん、調理隊員になる」(平凡社、定価1400円=税別)を出版しました。ごく普通の主婦として暮らしていた渡貫さんが南極行きを決意した理由や、厳しい環境下での生活ぶりなどについて率直につづっています。渡貫さんに、今も変わらない南極への思いを聞きました。

話を聞くたび南極に魅力感じる

――出版までのいきさつを教えてください。

 編集者の方が「本を書きませんか」と声をかけてくださったのは、私が南極にいる時でした。女性誌に掲載された私のインタビュー記事を読んで、メールをくださったんです。ただその時は、本を書くつもりはまったくなく、帰国した後もお返事は保留にしていました。帰国から1年ぐらいたって、ようやく生活のペースを取り戻せてきたので、チャレンジのつもりで、本を執筆することにしたんです。

――料理専門学校の職員だった渡貫さんは、女性観測隊員の姿を伝える新聞記事や、映画「南極料理人」(2009年)を見たことなどがきっかけで、調理隊員を目指すようになったそうですね。2年続けて審査で不合格になりながらも、3度目の挑戦で合格し、南極行きの切符をつかみました。

 「南極に行きたい」と思い始めてから、観測隊OBの方々の集まりに参加するようになり、いろんなお話を聞かせていただきましたが、聞けば聞くほど、南極は魅力的なところだと感じたんです。お話をしてくださったOBの方々の人柄が魅力的だったことも、南極へのあこがれが強まった理由の一つかもしれません。

南極にある日本の観測基地「昭和基地」で

――ただ、南極行きによって、ご主人やお子さんと1年以上、離れて暮らすことになります。

 南極行きを認めてくれた家族には「感謝」のひと言に尽きます。子どもから見たら、私はただ口うるさいだけの存在でしかないので、離れて暮らすことは子どもの成長にとってもいいのではないかと思いました。

隊員一人1トンの食糧を消費

――隊員の食糧は、一度に船で運んで、任期中の1年間、補給されないそうですね。どれくらいの食糧を運ぶのですか?

 隊員は30人いて、その食糧は30トンから40トンに上ります。品目でいうと2000くらいです。

――1年間で、一人1トン以上の食糧を消費する計算ですね。

 南極ではみんな、すごくよく食べるんですよ。日本にいる時以上に食べるのではないでしょうか。南極はとても寒いので、体温を上げるためにエネルギーを消費するからだと思います。でも、太ってしまう人もいるんですよ(笑)。

昭和基地の厨房で隊員たちの食事を作る渡貫さん

――30人の体調や好みなどを考えながら、限られた材料で食事を作るのは、たいへんですね。

 調理隊員は、寮母さんのようなものです。寮の場所が日本ではなく、南極にあるというだけ。寮で生活する30人の朝、昼、晩のご飯と、おやつ、夜食を作るんです。メニューはあらかじめ決めてあるわけではなく、例えば、「今日は除雪作業がたいへんだったから、ガッツリしたご飯にしよう」とか、「今日は気温が高かったから冷やし中華にしよう」といったように、その日の状況を見ながら献立を決めていました。

余剰在庫のあおさのりで作った「悪魔のおにぎり」

――天かすと、在庫がだぶついていたあおさのりなどを使って、渡貫さんが作り出したのが「悪魔のおにぎり」です。大手コンビニのローソンで昨年10月から販売され、「悪魔に誘惑されたように、やみつきになるおいしさ」と評判を呼んで、大ヒット商品となりました。名付け親は、渡貫さんの作ったおにぎりを食べた隊員の一人なのですね。

 ある日のお昼、天ぷらうどんを作った時に出た天かすをリメイクしようとして考え付いたのが「悪魔のおにぎり」です。あおさのりは、業務用の大きなパックで仕入れたのですが、結局、使いどころがなくて。これだけたくさんのあおさをなんとか消費したいという思いもありました。私はローソンさんの商品には一切関わっていませんし、大ヒットしたのは隊員仲間がキャッチーな名前を付けたからだと思います。

――観測隊には、渡貫さん以外にも女性隊員がいたと思いますが、夜に「女子会」を開いたりしたことは?

 30人中、女性は私を含めて5人でしたが、集まってお酒を飲んだりすることは一切ありませんでした。男性隊員の中には「女性同士がもめごとを起こしたら面倒だ」と考えている人もいます。それならば、ということで、女性隊員はお互い干渉せずに、男性隊員と同じように、隊員仲間の一人として接するというスタンスを貫きました。

――移動期間を含めると、観測隊員としての生活は1年4か月に及びました。南極から日本に戻って感じたことは?

 一番強く感じたのは、「日本って、こんなに暮らしにくいところだったのか」ということです。南極に行くまで40年以上、日本で生活していて、つらいと思ったことなんてなかったのに。

――本書でも、久しぶりに戻ってきた“文明社会”になじめず、南極で見られなかったテレビは、画面の動きが速すぎて疲労を感じてしまったことなどを打ち明けています。

 今の社会には、モノや情報があふれています。選択肢がたくさんあって、その中から自分の必要とするモノや情報を選ぶことができます。みなさんはそれを「自由」と言うのでしょうけれど、そういった自由があること自体が、私にはつらかったんです。「モノも情報も、なければないでなんとかなるのに。もっとシンプルに生きられたらいいのに」と。でも今は、あきらめたといったら語弊があるけれど、「今の社会はこういうものなんだ。こうした状況を受け入れないといけない」と考えるようにしています。

――再び観測隊員に戻りたい?

 できることなら、南極の景色をもう一度見たいという思いはあります。

「人間」が一番の魅力

――現在は「伊藤ハム」に勤務し、商品開発に携わっています。

 昨日も、ある加工食品を開発するため、一日中、卵を焼いていました(笑)。30人を相手にしていた調理隊員の仕事から、何十万人という消費者を抱える食品メーカーの仕事に変わって、今まで知らなかった世界が見られているので、毎日とても勉強になります。忙しい主婦の方々にとって使いやすい商品、添加物などの原材料が少ない、シンプルな商品を作っていけたらいいなと思っています。

――最後に、本書に込めた思いを聞かせてください。

 第一には、南極観測隊の活動を多くの方に知ってほしいということです。大学に招かれて講演をすることがあるのですが、今の大学生は、タロとジロ(南極に取り残されながら、1年後に救出された樺太犬)のエピソードを知らないんです。年配の方でも「南極観測隊って、まだあるんだ」とおっしゃる方が非常に多い。だから、この本を通じて南極に少しでも興味を持っていただけたらいいなと思っているんです。

 それから、私が南極で一番魅力を感じたのは、ペンギンでもなければ、壮大な白い大地でもありません。人間でした。任務中の生活は、決して平穏無事だったわけでも品行方正だったわけでもありません。でもだからこそ、とても素晴らしい時間を過ごせたし、いい思い出もたくさん生まれました。それはひとえに、観測隊の仲間たちが魅力にあふれる人たちだったから。そのことが、この本から伝わったらうれしいですね。

(取材・読売新聞メディア局 田中昌義)

渡貫 淳子(わたぬき・じゅんこ)

1973年、青森県八戸市生まれ。調理師。「エコール辻 東京」卒業後、同校の日本料理技術職員に。出産後は一児の母として家事・育児に奮闘する日々を送ってきたが、一念発起して南極地域観測隊にチャレンジ。3 度目の挑戦で見事合格を果たし、調理隊員として参加。現在は、伊藤ハム商品開発室に所属。2月14日に、レシピ集「悪魔のおにぎりと南極流リメイク料理」(マガジンハウス)を出版。