ニューヨークで他人同士が褒め合う「外見」の中身

岡田育「気になるフツウの女たち」

 ニューヨークのチャイナタウン北端はカナルストリートという大通りで区切られており、同じ名前を冠したまったく別の地下鉄駅が五つもあってややこしい。ある日、黄色い路線の駅から赤い路線の駅の方角へ向かって歩いていると、信号を渡るところで「Baby,I  love  your  style!」と声をかけられた。

 見ず知らずの声の主は、オレンジと緑、青と黄色、黒に赤、大きくて派手な柄のアフリカンプリントの布を頭に巻き、首に巻き、ノースリーブワンピースに仕立てて裾をなびかせ、大ぶりの数珠みたいなブレスレットを幾重にも重ね、黒い肌に映えるピンクのトンボ眼鏡を掛けた背の高い女性だ。この世の誰とも似ていない、「style」のカタマリみたいな人から「style」を褒められて嬉しくなる。

褒めても見返り求めず

 あれが「カンガ」というのだろうか。一つ一つが伝統的な柄とともにスワヒリ語でことわざや愛の言葉などのメッセージをいただいている布だ、おそらくは。日本ではあまり馴染なじみがなかったが、この街では計り売りの他に雑貨や小物、現代風の衣服に仕立てて売るブティックを見かける。さまざまなモチーフそれ自体が意味を持ち、一枚一枚が言葉を発して語りかける、おしゃべりな布。見た目にも非常に主張が強く、極彩色の洪水が押し寄せてくる。

 踊るような足取りで横断歩道をこちらへ進みながら彼女は、信号待ちをしているときから対岸にいる私に声をかけると決めていたようだった。ショッキングピンクのウルトラライトダウンを腰に巻き、蛍光色を三つほど混ぜたストールを首に巻いている私に。たぶんこの派手な布が彼女の琴線に触れ、お気に召したのだろう、おそらくは。なるべく大きな声を出してそれとわかるように「Thanks,I  love  you  too!」と答えたが、すれ違った彼女はもう私のほうなど見てもいない。

 この街の人たちは本当によく他人のことを褒める。とくに、外見を褒める。そして見返りを求めない。いちいち足を止めることもない。言ったら言いっぱなし。とくに意味もなく、そして惜しげもなく、独り言を他人に手渡し、平然と去っていく。

 すっかり慣れた私も、名前も年齢も素性も知らない、まとっているのが本当に定義通りのカンガかどうかも問い質せない見ず知らずの相手に、顔色一つ変えずに「私もあなたを愛している」なんて褒め言葉をぶつけ、応答がなくても気にしないようになった。書き下してみると大袈裟だが、ハートをクリックして「いいね」を押すのと変わらない。みんなもっと気軽にバラまけばいいのに。

 ところが「外見を褒める」というと日本人はすぐ、先天性の身体的特徴に触れようとする。背が高いですね、睫毛まつげが長いですね、肌が白くて羨ましい、おっぱい何カップですか、その巻き毛は天然ですか。初対面の他者に向かって、親から授かった遺伝的に変えようがない身体的特徴へ言及することは、たとえ褒めているつもりでも容易に差別表現につながる。グローバルスタンダードで考えたら不躾ぶしつけを超えて御法度だ。

 代わりに褒めるのが「style」で、これは後天的に獲得したもの。おろしたての服や装飾品、愛着たっぷりに履き古した靴、ちょっと珍しい形状のカバン、隅々までこだわりの感じられる持ち回り品、はにかんだ笑顔や喜びの表現、背筋を伸ばして座る姿、趣味として励んだ肉体改造の成果。さまざまな商品の中から、あるいは人生のうちで、自分自身が考えて選び取ってきたもののユニークさを互いに讃え合う。

無言だが饒舌なアピアランス

 赤の他人から褒められるのは気持ちのいいものだ。横断歩道ですれ違いざま、エレベーターの中で、地下鉄車内で目が合ったとき、ぐずついた天気や定まらない寒暖差に文句を言うのでなければ、パッと目に止まった表層を褒めることで好意を示す。ルックスの良し悪しをジャッジするのではなく、人となりがうかがえる身なりを褒め、「あなたの選択は、あなたにとてもよく似合い、あなたの魅力を引き立てている」と伝える。なるべく具体的に、できるだけ手短に、下心なく、後腐れなく。

 何を選び取り、どのようにしてその身にまとっているか。どこが同じで、何が違うか。予備知識のない他者の目に映るアピアランスは、時として我々の自覚以上に饒舌で、本人の好むと好まざるとにかかわらず、魅力を訴え、関心を引き、あるいはうっかりボロを出し、見知らぬ誰かと瞬時に接続されてしまう。飼い主同士より先に親しくなる犬たちのように。翻訳アプリをかざすより先に伝わってしまう本音のように。

 私が知っているスワヒリ語のことわざは一つだけ、「山と山は出会わないが、人と人は出会う」。自由に動けない山と違って、動き回る私たちはあちこちで出会う。好もしい人とも、好もしくない人とも。一生のうち、深く内面を語らってじっくり互いを知り合うような関係を築く相手の数は限られているだろうが、街に出るだけで自分が山ではないことを思い知る。

 それが何を意味するかもわからずにハートをクリックして「いいね」を散らす。気になる人はいつもフツウの人で、だけど気になっただけで十分ユニーク、私たちのアピアランスは私たち自身もあずかり知らぬところで、街中の誰かと無言のおしゃべりを続けている。

 

岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。米ニューヨーク在住。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、『天国飯と地獄耳』(キノブックス)ほか。大手小町での連載をまとめた『40歳までにコレをやめる(仮)』(サンマーク出版)を2019年初夏に刊行予定。本連載では挿絵も担当。http://okadaic.net/

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