「何かにしがみつく人生」未練を絶たせた2つの言葉

岡田育「40歳までにコレをやめる」

 幼い頃、私にはささやかな夢があった。それは「満員電車に乗るのをやめる」こと。人に言うと笑われる、あまりにも器が小さくて自分でも呆れてしまう。けれど今までの人生、つねに念頭にある将来の目標だった。

 日本の都市圏、とくに首都東京の通勤通学ラッシュアワーは、世界的に悪名高い。乗車率は200%近く、不快指数に至っては計測不可能だ。ニューヨークの地下鉄もピーク時には大変混雑するが、一緒に乗って愚痴をこぼし合う異国の友人たちは皆、「でも東京はもっとひどいんでしょ? 駅員がヒトをモノのように詰め込む映像を見たことがあるよ」と私の顔色をうかがう。「そうね、もっとひどい満員電車に、6歳の頃から毎朝、詰め込まれていたね」と答えると、誰もが目をいて驚く。

満員電車から逃げて平和な暮らしを

 幼稚園を卒園してすぐの春から12年間、片道1時間近くかけて都心の小中高一貫校に電車通学していた。そしてランドセルを背負っている年齢一桁の頃から、毎朝のように痴漢に遭った。斉藤章佳氏の『男が痴漢になる理由』という本に詳しいが、制服のスカートに手を突っ込んでくるのは大半が「四大卒で会社勤めをする、働き盛りの既婚者男性」である。朝7時台にベッドタウンから都心へ通勤する、時に大手一流企業の社章をつけた、私と同じ年頃の娘がいておかしくないような男たちだ。

 時まさにバブル全盛期、世界で最も豊かで恵まれた日本国の首都に生まれ育ちながらも私は、ニュース番組で観た紛争地の地雷原を歩く子供たちに多大な共感を寄せていた。就学児童が義務教育を受けに学校へ通う道すがら、毎日のように犯罪の犠牲者となるのがこの国の現状ならば、悪いのは子供ではなく、責めを負うのは鉄道会社ではなく、大人が作り出した社会構造そのものである。絡みつく手を振りほどき、足を踏みつけ大声を上げ、言って聞かねば鉄道警察へ引き渡しつつ、未来を想う。高校を卒業したら満員電車に乗るのをやめる。ここから逃げて、誰にも尊厳を脅かされない平和な暮らしを手に入れるのだ。

 その手がかりは、他ならぬ満員電車の中にあった。混雑する車内で目に飛び込んで来るのは、病気になっても休まず働ける風邪薬や滋養強壮剤の広告、連日の飲み過ぎに効く胃腸薬の広告、出る杭を打ち他人の不幸をあげつらう週刊誌の中吊り広告、癒やしをうたった袋とじヌードグラビアとスポーツ新聞の風俗欄、住宅街の急行停車駅に近い分譲マンション、受験予備校と英会話塾、浮気調査と高利貸し、生命保険と墓。趣向を凝らした宣伝文句はどれも「みんなやってるよ!」に集約されていく。こうしたもののターゲット顧客とならない生き方こそが、逃走準備の第一歩だろう。

 まずは勉強を頑張って、好きな働き方を自由に選べる、選択肢の多い大人になること。働くなら男女が平等に扱われる業界、勤めるなら定時出社や宴会接待を強要されない企業、住むならベッドタウンではなく都心の穴場、結婚するなら私と同じく満員電車に乗らない男性。たとえ乗っても、ダイヤの乱れで会社に遅刻するくらいのことで駅員を殴ったり他の乗客に怒鳴ったりしない人。ストレスを言い訳に支配欲や征服欲に任せて小学生女児のパンツをまさぐったりはしない人。

転職報告に「おめでとう」

 進学先の大学は、下り電車とバスを乗り継いで通う郊外型キャンパス。卒業後はフレックスタイム制の出版社に勤めた。職場の男女比はほぼ半々、直属の上司は手酌の好きな女性部長で、セクハラ発言をやめない同僚はその場でボコボコにされた。朝9時を過ぎればガラガラになる地下鉄沿線で一人暮らしを始め、昼前に出社して終電まで働いた。発売日になると自分の作った雑誌の広告が車両に吊り下がる。空いた座席に腰掛けてそれを誇らしく眺めた。この仕事に就いてこの生活を続けている限り、私はもうずっと、満員電車に乗らなくていいのだ。

 若くして大きな仕事を任せてもらえたし、頑張りすぎて体調を崩したときは手厚いサポートを受けた。歳近い先輩たちは産休育休を経て第一線に復帰し、定年間際の大先輩たちも若々しく天職への情熱を失わない。私もいずれあんなふうに、と思い描いて、辞める気なんてまったくなかった。もしあのまま働き続けていたら、と今も空想する。好きな仕事、心地よい職場、充実した暮らし、不満なんかなかったのにね、と考え始めればキリがない。堂堂巡りの悪循環を断ち切るために、終止符を打つように思い返す言葉が二つある。

 32歳で転職の誘いに乗り、お世話になった人々に退職の挨拶をして回っていたときのこと。「このたび会社を辞めることになりまして……」と切り出した途端、被せるように大声で「それはそれは、おめでとうございます!」と応じてくれた人がいた。棋士の羽生善治さんだ。「今とは違う新しい道に挑むというしらせは、そう聞くだけでも言祝ことほぐに値することだ」と態度で示してくれたのは、彼だけだった。以来、私は誰かから転職報告を受けるたび、羽生さんを真似して最初に必ずお祝いを述べるようにしている。

 他の人たちは大抵、「いつ?」「なぜ?」「引き継ぎは?」とき返してきた。一つ一つ説明すると驚きの表情を納得に変え、「もっと一緒に仕事したかったのに残念だなぁ」と惜しまれて胸が痛んだ。そんななか、羽生さんとは正反対の意味で忘れられない人がいる。屈託のない笑顔を浮かべた彼は、「あんな素晴らしい出版社を辞めるなんて、もったいないなぁ。何があったか知らないけど、僕が岡田さんだったら、何としてでも御社にしがみつくね!」と言ったのだ。

 邪気無く掛けられた「しがみつく」という言葉が逆に、私にしがみついていた未練を振り落としてくれた。彼の言う通りだ。もしこのまま会社に勤め続けていたら、名刺に刷られた社名の大看板とドリームジョブの肩書だけがアイデンティティとなり、その安定を捨てるのはどんどん難しくなっていく。そうなる前に、私はやめる。何かに「しがみつく」人生を、やめるのだ。

不惑の惑いに終止符

 大人になった今、少女時代の痴漢被害について語ると、「もっと近所の学校へ通え」「私立校に入れた親を恨め」と自己責任論でののしられる。「職場は都心で自宅は郊外で、生きるためには満員電車に乗るしかないんだ」と逆ギレされることもある。そんな主張がまかり通る社会なら、たとえ女性専用車両が性暴力被害を微減させても、人身事故による電車遅延に死を悼むより舌打ちを返すような乗客は絶えないのだろう。たとえ歩いて学校へ通い車で通勤して満員電車に乗らぬまま生涯を終えても、個人の尊厳を脅かされない平和な暮らしを手にすることは同様に難しく感じられるのかもしれない。諸悪の根源を叩き潰さない限り、この国に生まれ落ちた子供の未来は、男でも女でも暗澹あんたんたるものだ。

 決まりは決まりだから、みんな従っているから、今更変えられないから。いつの間にか選択肢が奪われ、いつの間にか逃げ道が無くなり、いつの間にか他の生き方ができなくなる。いつの間にか、誰かに敷かれたレールの上から降りる元気を失い、誰かに決められたルールを変える気概も失う。何か大きな決断を迫られる局面が訪れても、現状維持の「しがみつく」しか選べない。私はそんな大人になるのが怖くて、「満員電車に乗るのをやめる」と誓ったはずなのだ。それは、オフピーク通勤なら空いててラッキー、というだけの単純な話ではなかったのに、なぜか自分だけはうまくやりおおせたと信じ込んでいた。いつの間にか。

 アラフォー世代は出世どき、友がみな我より偉く見える日々、あのまま日本で働き続けたほうがよかったかな、との不惑の惑いに、「おめでとう」と「しがみつく」、二つの言葉が終止符を打つ。私はあのとき会社を辞めてよかった。理由はただ、目の前に敷かれた以外の新しい別の道だって歩いてみたい、というだけで、よかったのだ。ニューヨークにも満員電車はある。たまに乗るとうんざりするし、まだまだ避けきれない自分に嫌気がさす。それでも私には、幼い頃のささやかな目標に少しずつ近づいている確信がある。

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岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(角川文庫)。最新刊は「天国飯と地獄耳」(キノブックス)。現在は米ニューヨーク在住。このまま生きると、2020年に40歳。http://okadaic.net/

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