理不尽に耐え忍ぶ「親戚づきあい」の限界

岡田育「40歳までにコレをやめる」

 今秋の日本一時帰国中、久しぶりに母方の田舎を訪ねた。主たる目的は、法事と墓参り。秋の天神祭の時期に合わせて近しい親戚たちが一堂に会し、鍋を囲んで思い出話に花が咲く。十数年ぶりに会った従妹いとこはその間に結婚して、知らぬ間に生まれた子供がもう立って歩いている。物心ついてからほとんど初めて会うような歳下の再従妹はとこたちとも酒を酌み交わす。とても有意義で、新鮮な体験だった。

 親世代は密に連絡を取り合って祖父母の世代を看取り、それぞれの家族と欠かさず近況報告し合っていたようだ。LINEグループに逐一送られてくる結婚式や葬式の写真を眺め、リアクションを返すくらいはするけれど、私自身はもう長いこと「親戚づきあい」をやめてしまっている。何しろ今は海外在住で、毎度毎度の集まりには出席できずとも仕方ない。一人だけうんと遠くに住んでいるというのは、とてもよい免罪符になる。滅多に顔を見せないレアな存在として、ちょっと社交するだけでもずいぶん有難がってもらえた。

 ここに至るまでが大変だったのだ。若い頃は、今よりも高い頻度で父方からも母方からもお声が掛かり、そのたびに「仕事が忙しくて東京を離れられない」という言い訳を使っていた。見え透いた嘘だし、「海外在住」に比べると魔けの効果も弱い。憶測が憶測を呼び、「いつまでも嫁のもらい手がないから、俺たちに合わせる顔がないのだ」などと噂されてしまう。こちらとしても、そういう噂をバラまくような連中と会いたくないからこそ、大人数が集まる会合には行かないのであるが。

祖母に「誘拐」される恐怖

 親戚から距離を置くようになった最初の原因は、父方の祖母である。私は彼女が嫌いだった。初孫の私は祖母から溺愛されて育ったが、欲しがるものは何でも買い与えられる代わり、身体の自由を奪われて「ママの子をやめて、おばあちゃんちの子になるって約束しなさい!」と執拗に脅迫されたりもした。楽しいオモチャや甘いお菓子につられると、さらわれておばあちゃんちの子にさせられてしまう、というこの「誘拐」の恐怖は、幼い私に強いトラウマと独立心を植えつけた。こんなふうに人生を左右されるのは絶対に嫌だ。

 成長して反抗的な態度を取るようになった私が、「おばあちゃん、嫌い」と口に出して言うと、周囲の大人は慌てふためく。「食事中、三時間だけの辛抱なんだから、うわべだけでもニコニコしなさい」とよく説教された。どうして、と訊ねると「育ててもらった恩がある、同じ血を分けたおばあちゃまだろう!」とキレられる。自分の心を偽るだけでも苦痛なのに、個人の自由意志よりも血縁が優先されるとは。こんな愚かしい命令におとなしく従わなくてはいけない親戚という名のコミュニティには、三時間どころか三秒だって所属していられないと思った。

 とはいえ、祖母が存在しなければ、私がこの世に生をけていないのも事実。節目ごとに表敬訪問しては同じ食卓につき、大病を患えば見舞いに行って、葬儀に参列して焼香もした。私は彼女がただ嫌いなだけで、憎んでいるわけではない。そう自覚して以降のほうが、他のお年寄りに接するのと同じ純粋な敬老の精神でもって、心穏やかに接することができたとさえ思う。オモチャとお菓子で「育ててもらった」最低限の恩義は返したつもりだ。

 祖母の死後、あちこちから「あの人はああだから、生前は我慢するしかなかったのよ……」との声が漏れ聞こえるようになって驚いた。私を叱った大人たちも、ヒトをモノのように支配したがる祖母のことが嫌いだったのだ。それでも、親戚という名のコミュニティにおいては、上からの理不尽に耐え忍んだ時間が長ければ長いほど、美徳とされている。心を偽り、忠誠を尽くし、老人たちが順番に死ぬのをおとなしく待てば、次は繰り上がって自分たちの代が上座に就いて威張りちらすことができる。部活のシゴキと同じだな。

 私は人生における耐え忍ぶ時間が短いほうがいいので、早い段階で親戚づきあいを「やめる」決断を下したのは、やはり正しかったと思う。というわけで、学業はどんどん忙しくなり、就職してからは仕事もどんどん忙しくなり、実家を出て一人暮らしを始めると携帯電話は圏外になることが増え、たとえ目と鼻の先で父方の親戚の集まりがあったとしても、私が顔を出すことは極めて困難となっていった。

血は同じでも価値観に違い

 今回、母方の田舎へ帰省して久しぶりに会った従弟妹たちはみな常識人で、とても心穏やかに交流することができた。邪悪な人間など一人もいない、いたって平和な集まりだ。それなのに、やはり今回の滞在中も、私は親世代と何度も言い合いになり、ぐったり疲れ果ててしまった。実家とスープの冷めない距離で子育てしている妹などはケロリとしているのに、私ばかりが揉め事の元凶になる。これが「親戚」の磁場だろうか。やはり顔を出すのは十年に一度が限界だろう。

 生まれる前から決まっていて選べない親戚と無理矢理につきあうくらいなら、赤の他人とのポジティブな共通点を探って友達になっていくほうが、人づきあいの成功確率が高いように思う。そうして気心知れた友人の中から最良のパートナーを選んで、たとえば新しく小さな家族を築いたりするほうが、よっぽど理にかなっているように思える。

 同じ血が流れていようが価値観は異なるもので、むしろ何かを引き継いで元が近しい間柄だからこそ、場の多様性が奪われると不安になるのだ。十年後になら、またこうやって会いたい。そう思える縁浅からぬ相手と、笑顔で別れの挨拶あいさつができる良好な関係性を保つために、私は親戚づきあいをやめた。

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岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(角川文庫)。最新刊は「天国飯と地獄耳」(キノブックス)。現在は米ニューヨーク在住。このまま生きると、2020年に40歳。http://okadaic.net/

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