「浪費」か「必要経費」か? ケチらずに使ったお金で得たもの

岡田育「40歳までにコレをやめる」

  40歳目前。大概のことは、お金で解決するようになった。そう告げたら、若い私はきっと驚くだろう。とにかくお金がない。いくらあっても足りない。だからつねに節約しないといけない。そんな思いにとらわれていたからだ。子供時代の私は、毎日ケチケチ欲望を我慢すればするほど、貯金箱にお金が残り、そのぶん豊かになれると信じていた。

  「ひょっとして、節約への強迫観念を捨てたほうが、人生の総コスト削減になるのではないか?」と気づいたのは、つい最近のことだ。お金は貯めるものではなく、遣いながらやすものだよ、という大人たちの言葉が、今ようやく理解できる。

  たとえば、2千円の服を10着買うよりも、2万円の服を1着買う。洗濯機にかけただけでボロボロになるファストファッションを避け、あちこちの古着屋で存在するかどうかもわからない掘り出し物を探すのをやめ、気に入った服をその場で定価で買うことに慣れると、バーゲンセール期の散財も抑えられる。購入点数を厳選するから、体型に合う服や靴の見極めが早くなり、無謀な挑戦をしなくなり、諦めもよくなる。要するに「試着室の滞留時間が短縮される」わけだが、減ったのは買い物にかける時間やお金であって、ショッピングの快楽そのものは、とくに減じない。

  20万円の服には手も足も出ないが、2万円の服ならパッと買えるアラフォーの私は、2千円の服を何着買っても「足りない」と悩んでいた若い頃とは違う。もう10年以上、合計4パターンくらいの好きなシルエットの服ばかり買い、何年でも飽きずに着回している。新品ピカピカの安物より、多少の着用感があっても傷みにくい上質な服を着ているほうが、ずっとちゃんとして見える……そんな発見は、私の肉体がもはやピカピカの若さを売りにしていないこととも、当然関係あるのだろう。

  つい先日、Twitter上で「ウィノナ・ライダーが27年前とまったく同じTシャツを着ている」という比較画像が話題になっていた。さほどオシャレな着こなしでもないのだが、その力まない雰囲気がまたグッとくる。10代の頃は古着屋を巡って見知らぬ誰かが使い捨てたヴィンテージ品を買いあさっていたけれど、40歳以降はワードローブを見返して、自分で自分のヴィンテージ価値を高め、魅力を増していくことだってできるのだ、きっと。

「身軽になる」ために投資

 数年前の引越では、一生捨てられないと思っていた蔵書や、CDDVDなどをずいぶん処分した。最もかさばっていたのは長編コミックス、次がハードカバーの文芸書だ。学生時代から買い集めてきたコレクションを手放すのには抵抗があったが、たとえば現在90巻近く刊行されている『ONE PIECE』を電子書籍版で一括購入したって、4万円にもならない。つまり昨冬新調したコートより安い。一方で、90冊の紙の漫画本を積んでおく、その床面積あたりに発生し続ける月の家賃は、すぐに累積4万円を超えてしまうだろう。そんな両天秤を思い描くうち、あっという間にKindle端末での読書に慣れたのだから、ゲンキンなものだ。

  古い小説などはまだ電子化されていないものも多く、初版と文庫版とで装幀が違っていたり、改訂版があったりもして、なかなか簡単に手放せない。とはいえ、何度も読み返すものほど検索性の高い電子書籍が便利だ。端末で管理すれば、蔵書とともに購入履歴の一覧性も高まり、出先でのちょっとした調べ物にも困らない。

  「倍の値段をかけてまた買い直すなんて、バカみたい」……若い私は、そう考えるケチな自分に、立派な経済観念が備わっていると思っていた。しかし、どんどん増える紙の本に囲まれながら、人生で所持したすべての荷物、すべての重たい過去をずるずる引きずって生きていたら、どこかで身動きが取れなくなってしまう。省スペース化、管理コスト削減、重量超過による各種追加料金の免除。すなわち「身軽になる」ための投資と思えば、ここは惜しむべき出費ではないだろう。

  そんなわけで我が家は徐々に蔵書を減らし、ジャンルやタイトルの順に整然と並べたような「見せ本棚」も撤去した。目で見て触って棚を探すのはとても楽しい行為だけれど、すべてを完璧に整理整頓するのは不可能だ。どうしても捨てられない趣味のものは、箱詰めしてクローゼットの奥深くに収納してある。たっぷり時間があるときにだけ、思い出がぎゅっと詰まった宝箱を開けるようにして取り出せばいい。

お金を惜しむと大事なものを失う危険も

 「毎朝毎朝、職場近くのスターバックスでドリンクを買うOLがいるとする。ちりも積もれば毎月1万円近く、節約したい人にとっては無駄遣いでしかないから、即刻やめたほうがいい。でも、プチ贅沢ぜいたくを味わうことがバリバリ稼ぐやる気につながるとか、どんなに忙しい朝もその一杯を飲む間は勉強時間が確保できるという話なら、それは一日数百円で『未来』を買っているということ。家の台所でコーヒーをれて水筒に詰めて出社するほうが安上がり、という発想では、同じものは手に入らない……」

  これは知人のファイナンシャルプランナーから聞いた、忘れられない例え話の一つだ。さまざまな教訓が含まれている。出ていくお金を惜しむばかりでは、お金より大事なものを失う危険性もある。誰かにとっては浪費と計上されるお金が、私の将来には必要不可欠な経費かもしれない。そして、多忙な都市労働者にとっては「自給自足」こそが最高級の贅沢品である。毎朝の台所で優雅に自家焙煎豆をけなくたって、買えばいいんだ。フラペチーノは値上げが続くけれど、最近はコンビニ100円コーヒーだって悪くない味だしね。

  お金を遣って時間を買い、労力を減らし、悩みをほぐす。お金で得た自由が英気を養い、さらなるお金を創出する。無理なく暮らしを回せているなら、「遣うこと」それ自体を後ろめたく感じることはない。私はお金について考えるのをやめた。その代わり、あとほんの数十年という短い時間で終わる人生、お金について極力思い悩まず豊かに生きる方法を、日々あれこれ考え続けている。

【あわせて読みたい】
ポイントカードをすべて破棄したのは愚かな決断か?
家計簿も不要…お金について極力考えない生き方
もう迷わない…シャンプー選びで気づいたこと
おしゃれは一点豪華主義でいい、ネイルサロンが消した劣等感

岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(角川文庫)。最新刊は「天国飯と地獄耳」(キノブックス)。現在は米ニューヨーク在住。このまま生きると、2020年に40歳。http://okadaic.net/

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

天国飯と地獄耳 [岡田育]
価格:1620円(税込み) (2018/6/4時点)