家計簿も不要…お金について極力考えない生き方

岡田育「40歳までにコレをやめる」

 「岡田さん、お金のことなんか、真面目に考えたことないでしょう!」と言われた。そのとき私は20代半ばの新社会人、サラリーマン生活にやっと慣れたところだ。「失礼な、ちゃん考えてますよ……ろ、老後の資金とか……」とまごつく曖昧な反撃に対して、「いいのいいの、考えなくていい人は、無駄に考えることないのよ」と意外な答えが返ってきた。

 言った彼女の職業は、ファイナンシャルプランナーである。お金の専門家に太鼓判を押されて、私はお金について思い悩むのを、やめた。より正確に表現するならば、お金について考える専門家である彼女から、お金について極力考えずに済む、自動化や効率化の方法を、いろいろと教わった。

 たとえば、給料日に銀行口座から引き落とす積立定期預金を倍額に引き上げた。家賃も光熱費も学費ローンも何もかも、同じ口座からの自動引き落としで、毎月、手元に残るのは微々たるお金だけ。給料日になったら、それもほとんど引き出してしまう。「生活費や遊興費が足りなくなるたびATMへ走って現金をちょこちょこ下ろす悪癖をやめろ」が最初に学んだ鉄のおきてだ。普段持ち歩く財布の中で、あるいは家に決めた置き場所で、つねに残額を意識しながら暮らしてみると、たしかにそのほうが無駄遣いにブレーキをかけやすい。

 また、マスコミ勤めは仕事上の経費を立て替える機会が非常に多い。書籍代も飲食代も交通費も、会社の金だと思ってばんばん遣いまくる。これを私費と混同するから金遣いが荒くなるのだという。教わった通り、経費専用のクレジットカードと銀行口座を新設してみたら、ごちゃつく預金通帳が非常にすっきりした。何度出張してどれだけ領収書を切った月でも、精算さえきちんとすれば経費口座がカラにはならないし、自分自身の口座はなぎのように穏やかだ。

 もっと細かなテクニックまで一つ一つ実践しているうち、お金について考える時間が劇的に減った。そしてそのほうが、つまりお金を忘れている時間が長いほうが、ちょこちょこATMへ走って利用手数料をむしられながら一喜一憂していた頃よりも、不思議と貯蓄が増えていく。これが専門家の言う「考えすぎるな」の意味するところだった。

「お金が足りない…」将来への不安が解消

 それまでの私は、いつもお金が足りない、と思っていた。初めてお年玉をもらった子供の頃から、昼食代を削って小遣いに充てていた中高生の頃、アルバイトを掛け持ちしていた大学生時代、ずっとお金が足りないと感じていた。私立校で自分より裕福な家庭の子女に囲まれて育ったせいもあるだろうし、思春期にバブル景気がはじけ飛んだせいもあるだろう。私は貧しく、自由になるお金が足りない。この苦境から脱するには、宝くじで一発当てて巨万の富を得るしかない、と信じ込んでいた。

 ところが指摘を受けてみると、私はそこまで深く悩まずともよい境遇の人間だった。中小企業とはいえ正社員として勤めて安定した収入があり、実家の両親は健在、養うべき家族がいるわけでもない。仕事が趣味と実益を兼ねていて、抱えている借金も学費ローンだけ。出産育児とか、不動産購入とか、明確な目的が生じたらまた予算を組み直さないといけないが、当面そんな予定もない。

 積立定期預金を倍額に引き上げたときは、こんなもの半年も続かないだろうと思っていたのに、それからほどなく私は木造アパートから鉄骨マンションへ引っ越す。月の家賃は一万円近く上がり、転居費用も数十万かかったが、「ない」と思っていた自分のお金ですべてを賄えた。部署異動に伴って月の手取りが数万円落ち込んだときも支障はなかったし、当初の返済計画よりずっと早く学費ローンを完済できた。30代半ばの転職期間までには、当面食いつなぐだけの貯金も作れていた。

 こうなるともはや、20代前半までにいったい何をどう無駄遣いしていたかのほうが気にかかるわけだが……。運用して増やすほどの資産ではないにせよ、ベストセラーがうたう「30歳までに1000万貯める!」は無理にせよ、冷静に数え直してみると、一人で生きていく分くらいのお金は「ある」のだった。散らかった部屋をきれいに掃除してみたら、失くしたと思っていた物が見つかった、というのと同じこと。一攫千金を夢見るうちに黒々と膨らんでいた、将来への不安はいつのまにか溶けて消えていた。

遣うより速いスピードで稼ぐ

 お金について考える時間を、極力減らす。その方法はさまざまだ。最も単純明快なのは、「遣うよりも速いスピードで稼げばいいんだ」という発想。私の周囲の趣味に生きるオタク女子には高学歴のバリキャリが多く、彼女らの経済観念は大概ザルで、みんな幸福そうである。それもちょっとな、という人は私のように、金銭管理の仕組みを自動化し、簡略化し、シェイプアップしてみるのも一つの手だろう。

 特別な倹約や節約はしていないどころか、むしろ割引クーポンやポイントカードの利用もやめ、ふと思い立っては時々つけていた家計簿さえやめてしまった。こんなに何もしなくて大丈夫なのかと不安になったが、くだんのお金の専門家によると「岡田さんのようにズボラな人が気まぐれにつける家計簿は、時間の無駄以外の何物でもない」とのこと。あまりに浪費が心配になったら、一週間とか一か月とか期間を区切ってレシートや明細をチェックすればいいと言われて、これだけは今も続けている(たまに)。

 自分を取り巻くお金の流れ、その風通しがよくなっただけでも、大幅なコストカットが達成された。ここでいうコストとは、金銭ではない。日がな一日そろばんを弾いて未来におびえる時間、月末の昼休みに複数ある銀行口座を駆け回って残高の帳尻を合わせる労力、あるいは「いい歳して、お金のことを真面目に考えないのは、悪いことなのではないか」と考えすぎる、正体不明のコンプレックス、などなど。

  お金との向き合い方は人それぞれ。とはいえ最初に削減すべきは、じつは支出そのものではないのかもしれないし、何度挑戦しても三日坊主に終わる家計簿を「やめる」ような発想の転換から、人生における意外な「無駄」が省けるかもしれない。

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岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(角川文庫)。最新刊は「天国飯と地獄耳」(キノブックス)。現在は米ニューヨーク在住。このまま生きると、2020年に40歳。http://okadaic.net/

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