もう迷わない…シャンプー選びで気づいたこと

岡田育「40歳までにコレをやめる」

 ここ数回、このコラムでは「美容をアウトソーシングする」という話を続けて書いてきた。自分であれこれ何でも頑張るのではなく、必要なときだけプロフェッショナルにお金を払っていっさい委ねてしまう、という考え方だ。

 そんなことを書くのは、どれだけ金のかかる贅沢ぜいたく好きな女だ、と思われるかもしれないが、高級スキンケア化粧品からメイク道具まで一式揃えて、お気に入りコスメブランドの新色が出るたびに買い足しているような世の女性たちより、毎月の美容にかける金額はうんと安くついている自信がある。

 そんな私も、一つだけうんと贅沢しているものがあって、それはシャンプー。日本製、ノンシリコンのサロンシャンプーで、250mlで4212円。同じ銘柄のヘアトニックは150mlで8640円もする。もともとは夫へのプレゼントに冗談のつもりで買ってみたのだが、あまりにもよかったのでそこから夫婦で使い続けている。最初のうちこそ高いなと思ってケチケチ使っていたけれど、今ではまったく気にしなくなった。

店のシャンプー棚は人生で不要に

 スーパーやドラッグストアの棚にずらりと並ぶさまざまなシャンプーを見渡して、私はもう二度と、これらを買うことはないのだろうな、と考えることがある。不思議な気持ちだ。かつての私は、買い置きが切れるたびにまるで違うシャンプーを試していた。化粧品と違ってその場で試すことができないから、商品説明だけを頼りに完全に当てずっぽうで買う。洗ってみた感じが今ひとつなら、使い切る前にまた新しいのを買ってきて試す。具合のいいものを見つけたら、今度はその同じメーカーから出ている別の香りのものを買う。その繰り返しだった。

 毎回違うシャンプーを買うことについて、面倒だとか、不自由だとか感じたことはなかった。ちまたには新商品があふれかえっている。前よりもよいもの、今までにない成分が配合されたもの、挑戦してみたい未知のものが次々に発売されて飽きることがない。もし品選びに失敗したとして、一本たかだか数百円程度の損失で済むのだから、何の問題もない。むしろ、たかだか数百円程度で楽しめるギャンブルのようで面白い。ほんの数年前まで、そう思っていたのだ。

 人間、変われば変わるものだよな、と思いながら、星の数ほど商品がちりばめられたシャンプー棚を素通りする。それらすべてが、私の人生にとってもう必要ないものなのだ、やはり不思議な気持ちだ。買い物は選択肢が多ければ多いほど楽しいと思っていたのに。コレと決めたシャンプーに巡り会った今となっては、色彩と能書きの洪水、あの手この手で「私を買え」としつこく誘惑してくるその他大勢のシャンプーたちがひしめく棚のけばけばしさに、まったくわくわくしないどころか、煩わしいとさえ感じるようになった。

 選択肢が多ければ多いほど楽しい買い物と、迷わずに済むならそれに越したことはない買い物とがあって、ずっと前者だと思っていたシャンプーは、後者だったのか、と目からウロコが落ちる想い。それなりに楽しかったから気づかなかったけれど、やっぱり以前の私は、コレというものに巡り会えずにいた、「シャンプー迷子」だったのだ。

冒険を続けるか、迷子になるのをやめるか

 この「それなりに楽しかった」というのが、今にして思えば救いでもあり、また、目くらましでもあったのだろう。それなりに楽しかったけど、目先が楽しかったぶん、貴重な時間をずいぶん無駄にしてしまったな、と先に立たない後悔をすることもある。楽しかったけど。楽しかったからこそ。

 ちなみに私の場合、その究極は「恋愛」だ。交際0日で現在の夫と結婚してからというもの、過去の失敗を思い返しては、「せずに済むなら越したことなかったよなぁ」としみじみ考える。よりどりみどりのシャンプーが陳列された棚を見て、ちょっと疲れたようなうんざりした気分になるのは、地球上の人類の半数は異性、とうそぶいて、よりどりみどりの恋愛可能性に一喜一憂していた頃を思い出すからかもしれない。

 相変わらず新しもの好きなので、チョコレートやポテトチップスなど、お菓子の新フレーバーを見かけると食べたくなる。定番と呼ばれるメニューよりは、期間限定とうたわれるメニューに弱い。世界中どこにでもあるよく知られているブランドよりは、よそでは聞いたことのないブランドの服をより魅力的に感じて試してみたくなる。好奇心が失われたわけではない。

 けれども、一つコレと決めたものがある、そのことがこんなにも心を穏やかにするなんて、という驚きもまた新鮮なものだ。じゃがいものポテトチップスは未知の味を選ぶけれど、さつまいもに関しては某コンビニの種子島産安納芋チップスがあまりにも理想的すぎて、他の銘柄を買わなくなった。普段は海外暮らしなので気軽に入手できないが、たとえ手近に別のさつまいもチップスがあっても、そちらには手を出さなくなった。100%の満足度が得られるものの存在を知ったなら、75%や50%のものには浮気しない。4000円のシャンプーと同じことだ。

 冒険を続けるジャンルと、迷子になるのをやめるジャンル。自分にとって、どれがどちらなのか意識的になるのは、大人になるまでに身につけておきたい視点の一つ。あれこれ迷うのはいつだって楽しい。楽しいからこそ、どうか気をつけて。好きでしていたはずなのに、やめてみると、全然好きじゃなかったことに気づく。人生には、そんな物事も多いのだ。

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岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(角川文庫)。最新刊は「天国飯と地獄耳」(キノブックス)。現在は米ニューヨーク在住。このまま生きると、2020年に40歳。http://okadaic.net/

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