「芸術」の名のもと「男性側の視線」はどこまで許される?

サンドラがみる女の生き方

写真はイメージです

 横浜美術館で6月24日まで開催されている「ヌード」展は、ヌードの歴史をたどる美術展。昨年秋から始まった「#MeToo」運動の流れの中でみると、「見る・見られる」という関係性を改めて考えてしまいます。

 というのも、会社や組織に属しながら働いている場合、何をもってセクハラとするのかは比較的明確(あくまでも「比較的」です)なのですが、一方で「線引き」が曖昧になってしまっているのが「芸術」の世界だからです。

 4月にはモデルで女優の水原希子さんが、かつて広告の撮影で上半身裸で胸を手で隠すポーズの被写体になった時に、通常は少人数しか居合わせない撮影現場に、その時だけ用もないのに多くの男性がいて、嫌な思いをしたことをSNSで告白していました。

 思えば昨秋に#MeTooの火付け役になったのも、アメリカで女優という「表現の世界」にいる女性たち。その後、日本でも、有名写真家のモデルになった女性が明確な契約書がないままに性的に過激な写真を撮られ続けた精神的苦痛を告白するなど、さまざまな告発が相次いでいます。

 女優やモデルは「選んでもらう」必要があり、「誰を選ぶか」という決定権はプロデューサーや監督、写真家らにあります。そういった権力関係の中では、このようなセクハラが起きやすいとされています。

ドイツの告発、監督の言い逃れ、業界の対応は…

 ドイツで先日、ある男性のテレビドラマ監督が長年にわたり、複数の女優を性的に搾取していたことについて、数人の女優が声を上げました。ドイツのベテラン女優であるイリス・ベルベンさんは、その動きを応援し、自身も1970年代に、監督からのディナーのお誘いを断ったら、翌日から、この監督との撮影現場では、“Hallo”という単純なセリフを30回以上も言わされ、撮り直しを何十回も行うという嫌がらせの日々が続いたと語っています。

 巧妙なのは、監督側が「女優の魅力を引き出すためにやった」と、いわば言い逃れをしており、芸術の名のもとに被害を過小評価してしまっていること。しかし、世論は女優の味方をしています。何十年も前のことであっても、#MeTooにかかわる内容を「そんな昔のことを……」と言う人は少なく、むしろ「かつては言えなかったことについて、声を上げること」がドイツではポジティブに評価されている印象です。

 現在、イリス・ベルベンさんはドイツ映画アカデミーの会長で、同アカデミーは「業界で性的被害やパワハラに遭った際の相談所」の設立に取り掛かっています。被害者が精神科医の同席のもと、非公開で体験について語ることができるワークショップの開催も企画しています。

 政治家も動いています。ドイツ連邦首相府文化メディア担当のモニカ・グリュッタース国務大臣は「クリエイティブ業界」(いわゆる芸能界)で性的被害に遭った人のための相談所を支援するとともに、「作り手側である監督や写真家に女性を増やし、健全なジェンダーバランスにすることが長期的にハラスメントを減らすためには重要だ」と発言しました。

どこまで過去をさかのぼればよいのか?

 一方で、ヨーロッパでは最近、歴史あるアート作品に関しては、「どこまで過去にさかのぼればよいのか」という点が議論されています。というのも、「現代の価値観」と照らし合わせた場合、問題がある作品が少なくないからです。クールベの絵画「世界の起源(L’Origine du monde)」に始まり、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」、ルーベンスらによって描かれた「サビニの女たちの略奪」など数多くの作品が「男性的な視線で女性を描いている」からで、そこが問題視されるようになっています。

 実際に、イギリスのマンチェスター市立美術館に展示されていたウォーターハウスの「ヒュラスとニンフたち」について、「男性的な視点で描かれていていかがわしい」「女性差別的である」といった抗議の声が上がったことから、この絵画が一時撤去されました。ところがその直後に、作品の撤去がまた批判を受けて、結果的に再び同じ場所に作品が展示される、という騒動もありました。

 「博物館や美術館はそもそも『過去の時代に価値があったものを保存する場所』であるため、現在の価値観だけで判断するのはおかしい」という声があった一方で、「過去の価値感を『当たり前』として公の場で展示し続けては、いつまでたっても『男性側の視線』を中心とした男性主導の価値観から逃れることができない」という声もありました。これは一見「騒動」に見えても、そのような議論をすること自体に価値があるように思います。

 #MeTooに関しては、「どんな仕事内容であってもセクハラや性的搾取は許されない」という価値観が少しずつではありますが、浸透してきました。過去の作品をすべて今の時代の価値観に照らし合わせることには無理があると個人的には思いますが、過去はともかく、「今とこれから」に関しては女性がどんな場にいても「生きやすい」時代になってほしいですね。

サンドラ・ヘフェリン
サンドラ・ヘフェリン
コラムニスト。

 ドイツ・ミュンヘン出身。日本在住20年。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「多文化共生」をテーマに執筆活動中。著書に「ハーフが美人なんて妄想ですから!!」(中公新書ラクレ)、「ニッポン在住ハーフな私の切実で笑える100のモンダイ」(ヒラマツオ共著/メディアファクトリー)、「爆笑! クールジャパン」(片桐了共著/アスコム)、「満員電車は観光地!?」「男の価値は年収より「お尻」!?ドイツ人のびっくり恋愛事情」(ともに流水りんこ共著/KKベストセラーズ)など。
 「ハーフを考えよう!」http://half-sandra.com/