「夫の姓」「旧姓」使い分けて感じるモヤモヤ

弁護士三輪記子の「女もつらいよ!」

 「なんで結婚したら女性が姓(氏)を変えないといけないんだろう?」。弁護士になる前から、そんな疑問があって、夫婦別姓問題に興味を持っていました。

 結婚したら夫婦同姓を強制され、結婚前の姓を維持することができないのは「法の下の平等」を保障した憲法に反すると、今年1月にソフトウェア開発会社「サイボウズ」の社長ら男女4人が国を相手に損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こし、裁判の行方が注目されています。

 ちなみに、法律上は女性だけが姓を変えなければならないわけではありません。民法750条は「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」とあって夫婦はどちらが姓を変えても良いことになっています。

 しかし、実際には、結婚で妻が夫の姓に変えるケースが全体の96%(厚労省2016年度人口動態統計特殊報告「婚姻に関する統計」より)に上ります。

「三輪」が稼ぎ「樋口」が納税

 かくいう筆者も、結婚で夫の姓に変えた96%のうちの一人。現在の私の戸籍上の氏名は「樋口記子」で、運転免許証や保険証には戸籍上の氏名が記載され、病院なんかで「樋口さん」と呼ばれるのは、今でも不思議な気分です。

 結婚後の銀行口座の開設は「樋口記子」。わずかなお金をあるところに毎年寄付しているのですが、いちいち振込人の氏名を「ミワフサコ」に変更する面倒といったらありません。「神経質だな」と思われるかもしれませんが、お金が振り込まれた人は「『ヒグチフサコ』って誰だよ?」と思うでしょう。公の場に出るとき、私は「ミワフサコ」だからです。

 今の私は「樋口記子」はプライベートネームで、「三輪記子」はパブリックネームという感覚。弁護士の場合、日弁連(日本弁護士連合会)に「職務上氏名の届出(使用許可申請)」をすれば、旧姓が使用可で、私は裁判所に提出する書面をはじめ、職務上の書類も印鑑も全て「三輪記子」です。

 一方、税務署など公的機関は私のことを「樋口記子」として把握しています。だから、納税者氏名は「樋口記子」です。お金を稼いでいるのは「三輪記子」なのに!! 

 選択的夫婦別姓制度が実現すれば、こんなモヤモヤもこんな面倒くささも全て解消されるのですが……。

明治時代には夫婦別姓制度も

 実は日本の氏制度は近世以降、大きく変遷しています。江戸時代の武家の女性は嫁ぎ先で実家の姓を名乗っていました(一説によると「嫁はヨソ者」だからだそうです)。1870年に明治政府が平民にも姓の使用を許可し、1876年に「妻の氏は『所生ノ氏(実家の氏)』を用いること」と布告が出ています。つまり、明治時代は夫婦別姓だったのです。

 しかし、1898年に成立した民法で、夫婦は「家」を同じくすることで同じ姓を称する夫婦同姓に変わり、1947年には、夫婦がお互いの合意に基づいてどちらか一方の姓を選べる現在の形になりました。

 さらに、1976年に「婚氏続称制度」が始まり、離婚して3か月以内に届け出れば、離婚後も婚姻中の姓を引き続き使えるようになりました。これは、離婚後に旧姓に戻る(このときまでは離婚すれば必ず旧姓に戻ることとされていました。)と社会生活上に不便になる人がでてきたために、離婚後も同じ姓を使い続けることができるようにされたのです。

「夫婦別姓を認めない」民法は合憲

 現在の日本の法律では、結婚の際に夫か妻かどちらの姓を名乗るのか決めなければなりません。夫婦が同じ姓であることを国に強制されているとも言えます。

 2015年12月、夫婦別姓を認めていない民法750条は違憲かどうかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁大法廷は「750条は憲法に違反しない」という判断を示しました。

 合憲の理由として、「家族の呼称として社会に定着してきた夫婦同姓には合理性がある。結婚後の旧姓使用が広まり、姓の変更による不利益が緩和されている」ことなどが挙げられました。最高裁は「氏名は人格の象徴であって人格権の一部を構成する」けれど、「氏の変更を強制されない自由」までは保障していないと判断しています。

 ところがこの時、15人の最高裁裁判官のうち5人が「750条は憲法違反」と判断しています。その理由として、(1)多くの場合、妻だけが個人の尊厳の基礎である「個人識別機能」を損ねられ、自己喪失感といった負担を負うことになる夫婦同姓制度は、個人の尊厳と男女の本質的平等に立脚した制度とは言えない(2)家族形態が多様化している現代では、姓が果たす「家族の呼称」という意義や機能をそれほど重視することはできない(3)夫婦同姓の強制は、憲法24条1項にある「婚姻における夫婦の権利の平等」を害する――などを挙げています。

「夫婦の姓」と「家族の絆」に関連はない

  夫婦別姓を巡っては、「別姓は家族の絆を弱める」という主張があります。しかし、夫婦同姓を強制している現行制度の下でも、結婚した夫婦の3割が離婚しています。

 同姓かどうかにかかわらず、家族の絆がつながり続けるかどうかは当事者の気持ちや事情次第。人生は長いのですから何度でもやり直せばよいし、姓と絆との間に関連性はないと私は思っています。

 国の法制審議会は1996年2月、選択的夫婦別姓制度の導入を提言しました。しかし、「国民各層に様々な意見がある」ことなどを理由に、今日に至るまで、国会への法案提出には至っていません。

 夫婦同姓合憲判決からは、人を「個人」として捉えるというよりも「家」や「家族」から捉えているような印象を受けました。しかし、「家」や「家族」があって初めて「わたし」が存在するのではなく、「わたし」はあくまでも個人として存在し、その延長線上に「家」や「家族」があるのだと私は考えています。それが憲法で言うところの「個人の尊厳」でしょう。

 結婚して夫婦が同じ姓になるのは、もちろんいいんです。しかし、夫婦が別姓を選択する自由も認めていいのではないでしょうか? そもそも、夫婦同姓って当たり前のことなのでしょうか?

 自分にとっては当たり前でも、隣人の「当たり前ではないことを選択する自由」を認める寛容さを、私たちは学び、実践するときではないでしょうか。自分には関係ないと思えることであっても、それが第三者の自由を拡大するのであれば、応援してあげる。それが、社会全体の懐を広げ、自分やその子どもたちの自由にもつながると思うのです。

【あわせて読みたい】
妊娠したら舌打ちされた! マタハラを許す思考とは?
なぜセクハラを撲滅できない?
不妊治療、事実婚への助成見送り…「法律婚至上主義」は続くのか?

三輪記子
三輪 記子(みわ・ふさこ)
弁護士

 三輪 記子(みわ・ふさこ) 弁護士。1976年生まれ、京都市出身。東京大学法学部卒、立命館大学法科大学院修了。2010年、弁護士登録。「白熱ライブ ビビット」(TBS系)、「キャスト」(朝日放送)などにレギュラー出演し、コメンテーターとしても活躍中。2017年に女性弁護士2名の事務所「東京ファミリア法律事務所」を開設。