下着の上下そろえる手間を省くための「自分を許す勇気」

岡田育「40歳までにコレをやめる」

 「公共の場で化粧をするのは、アリか、ナシか?」という問いは、よく論争の種になる。2016年、日本の鉄道会社が、電車内での化粧は「みっともない」マナー違反だと女性を諌める広告を掲出して話題になった。2017年には米国のコスメブランドが、好きなときに好きな場所で化粧するのは「恥じることではない」と街中に鏡を設置して女性を励ますキャンペーンを展開した。

 私の個人的意見は、どちらともつかない中立。電車内で隣の乗客にまで強い匂いやパウダーが飛び散るような大掛かりなメイクアップは、さすがに迷惑行為ととがめられて仕方ないと思う。でも、汗を拭ってテカリを抑えるとか、はげた口紅を塗り直すとか、前髪を整えるくらいの「お直し」は、人前でやっても何の問題もないはずだ。曇った眼鏡のレンズを拭くのと同じ、身だしなみの範疇はんちゅうだと思う。まぁ、化粧をするご婦人の間でも賛否両論、意見は割れるし、ましてや化粧の経験がない殿方には程度問題を理解してもらうのは大変難しく、きっと永久に議論の決着がつかない。

 いつも早起きして完璧に身支度と化粧を済ませ、夫にさえ素顔を見せたことがないという大女優などが、テレビで苦言を呈する。一方で、衆人環視のなか手鏡を出して堂々とリップを塗り直すエリザベス女王の姿も、しょっちゅう引き合いに出される。どちらの女性もそれぞれに美学があってエレガント、かつ、それぞれにビミョーである。朝から晩まで化けの皮を剥がしたくない人は自由にそうすればいいけど、鏡を見るためだけにいちいちトイレに立つってのも、非効率じゃない……?

 大女優にとってフルメイクが心の支えとなるように、どんなに忙しくとも絶対に手抜きしたくないこと、譲れないものが、私はまったく別のところにある。たぶん、英国女王もそう。それぞれの違いを、すべての女性が、無理矢理に、一つに揃える必要は、本当にあるのだろうか。

やめられるはずの事柄も「世間様」が許さない

 初めてワイヤー入りのブラジャーをつけた頃、私は、ブラとショーツはいつも必ず上下を揃えていなければならないと思っていた。店ではセットで購入したし、販売員にもそう教わったからだ。かなりきちんと守っていたと思う。色柄の揃ったレースの下着を身につけた自分が、大人の女性に一歩近づいた気がした。

 でも、現実の実際の大人の女性とは、結構ちぐはぐなものである。アラフォーの私はほとんど毎日「エフォートレス!」と叫びながらブラトップで過ごしていて、もちろんパンツとは色が合っていない。ごくごくたまに、「勝負下着!」と叫びながら贅肉ぜいにくを寄せて上げて補正を効かせ、それだけで非日常的な偉業を成し遂げた気分に浸る。

 うちのワイフの下着はいつも揃っているぞ、と反論する殿方も、上と下では布地の耐用年数がまるで異なる事情などは、あまりご存じないだろう。どんなに遅刻しそうでも電車内で化粧なんて絶対しませんわ、と宣言するOLだって、朝食を抜いてゴミ出しをサボる他に、色柄も見ず引っつかんだショーツを慌てて穿いたりすることで、貴重な朝のメイク時間を捻出しているに違いないのだ。

 「不要な努力と余計な手間は、各自の判断で、省いちゃってよし!」と、誰かにそうやって号令をかけてもらえたら、いっせいにやめられるはずの事柄が、私たちの日常には、ものすごく多い。けれども残念ながら、とくに女性の美に関する分野では、何かショートカットをキメようとすると「みっともない」「恥を知れ」と叱られる機会のほうが、ずっと多い。いわゆる「世間様」と呼ばれる存在が、私たちに向かって「適当でいいよ」と寛大なる許可をくださることは、まず、めったにない。

 だから大人は、自分で自分を許すしかないのである。そして、自分で自分を許したからには、その判断の責任もきちんと取らねばならない。ものすごく勇気の要ることだ。それは、自分で自分を律することと、ほとんど同義なのである。

大人の世界に「全国統一模試」はない

 親からしつけられた通りに振る舞い、学校で教わった通りの受け答えをして、世間様にちゃんとしていて偉いわね、と褒められる。その道をずっと先までまっすぐ進んでいけば、規格通りに色柄や型の揃った「立派な大人」になれるのだと、幼い私は、そう聞かされていた。

 でも今は、「ま、大事なポイントさえ外さなければ、細かいことは、適当でいいのよー!」と豪快に笑う先輩女性たちの、経験に裏打ちされた力強さ、自信に満ちた軽やかなその表情にこそ、「立派な大人だなぁ」と思う。子供の頃に抱いた完璧な絵とはずいぶん違うけれど、今は、彼女たちのようになりたいと憧れている。

 所構わず見せつけるように化粧することや、わざとちぐはぐの下着を身につけることが、大人への階段だなどと言うつもりはない。ただ、そんなにきっちり形が揃っていなくたって、なんとかカッコがつくものよ!(CV:平野レミ) と自分に言い聞かせながら、自分の足で階段を上っていくことは、できるのではないか。大人の世界に、全国統一模擬試験はない。すべての成人女性が、無理矢理に、たった一つの「いい女」像の階段を上る必要だって、きっとないのだ。

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岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(角川文庫)。現在は米ニューヨーク在住。このまま生きると、2020年に40歳。http://okadaic.net/

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