「すみません」の多用に疑問…「ありがとう」に置き換えよう

岡田育「40歳までにコレをやめる」

 日常会話から完全に敬語表現をなくしたわけではないけれど、誰彼構わず闇雲に敬語を使うのはやめる。使う敬語は最小限に絞り込む。それが、中学生のときに自分で決めたルールだった。もう一つ、言葉遣いについて意識して「やめた」ものがある。「すみません」の多用である。

 そもそも敬語を使うことに疑問を感じ始めたのは、「どうして私が謝らなくちゃいけないんだ?」という怒りがきっかけだった。私は小学生の頃から遠距離電車通学をしていて、結果、満員電車の中で毎朝のように痴漢に遭っていた。これは『ハジの多い人生』という本などにもさんざん書いてきたので割愛するが、制服のスカートやパンツの中に手を突っ込んでこようとする背後のサラリーマンに向かって、ランドセル越しに「すみません、やめてください……」と声をかけるのが、どうにも我慢ならなかった。

 だって、どう考えたって私は何も悪いことをしていないのだ。何もすまないことはない、ただ電車に乗って登校しているだけである。身動きが取れないのをいいことに他者の領域を侵犯し、性犯罪の現行犯で逮捕されてもおかしくない、過ちを犯して非があるのは大人のほうである。数年経つとすっかり慣れて「触るの、やめろよ!」と相手の手首を捻り上げられるようになった。痴漢を撃退するときは、絶対に「すみません」とは言わないぞ、とこれは強く心に誓ったことだ。

「ありがとう」のほうが気持ちいい

 一度やめてみると、いろいろと、おかしなシチュエーションで「すみません」を使っていることに気がつく。たとえば満員電車を降りるときにも「すみません、降ります」と大きく声を掛けて周囲の乗客に道をあけてもらうわけだが、これを略して「すみません!」と叫ぶ人が多い。でもよく考えてみると、乗った電車から降りるのに、いちいち謝る必要はない。まず「降ります!」と声をかけて、自分のために道をあけてくれた人々には、通りすがりに「ありがとうございます」と言えばいいのだ。

 動く側にしたって、いちいち「すみませぇーん」「ごめんなさぁーい」と恐縮されるより、したことに対して「ありがとうございます」と言われるほうが気持ちいい。劇場や映画館の狭い座席列をまたいで移動するとき、レストランの隣席と荷物の置き方を融通し合うときなどにも、交わす言葉は「恐れ入ります」や「ありがとうございます」で事足りる。料理を注文する際、従業員を呼び止めるのだって、手を掲げて合図しながら「お願いします!」と声を張れば気づいてもらえる。そうやって、「すみません」はどんどん、なくしていける。

 他の言葉を使うより、「すみません」と言いながら生きていったほうがよっぽどラクだ、と感じる人もいるだろう。低い姿勢から頼みごとをするほうが聞き届けてもらいやすいのは事実である。とりあえず敬語を使っておけば礼節あるおしとやかな人だと思われやすいのと同じように、とりあえず何事も先に謝っておけば、コミュニケーション能力が高く物事を円滑に進められる人だと思われやすい、のかもしれない。

謝意を伝える回数が多い、そんな人生に

 でも私は、どうせ同じように他者へ向けて言葉を発するのなら、「すみません」より「ありがとう」のほうをたくさん使いたいと思う。私が何かしでかしたことを「すみません」(Excuse me)と謝るよりも、誰かが何かしてくれたことに「ありがとう」(Thank you)と謝意を伝える回数のほうが多い、そんな人生を設計したいと思う。

 「ありがとう」も「すみません」も漢字で表現すると「謝意」となり、「謝意」を辞書で引くと「感謝の心」と「謝罪の心」という説明が、二つ一緒に並んでいる。日本語は面白い。明らかに自分に非があることはきちんと認めて詫びるべきだが、そうすべきときがいつなのか、はっきり自覚するためにも、「すみません」の無駄撃ちはやめて、なるべく他の言葉に置き換えていくのがいいだろう。一歩、立ち止まって考えてみると、日常会話の中で「ありがとう」に置き換えられる「すみません」は、とても多い。

 前回と前々回、「敬語をやめる」という試みについて書いてきた。タイトルだけ読んで、社会人の常識としてそんなこと真似できっこないよ、と感じた読者もいるはずだ。本文まで読んでいただければ、そこまで突拍子も無いことを言っているわけでもないことが、わかっていただけると思うのだが……。

 嫌いな言葉を使わないとか、要らない飾りを取り払っていくとか、あるいは一人称を「僕」から「俺」に変更するとか。「口から出ていく言葉について、可能な限り自分でルールを考えて、デザインする」というのは、明日からでもすぐに始められて、習慣化しやすく、まったくお金もかからないのに意外と効果が高い、自分を変える方法だ。誰にでもタメ口で話しかけるのは難しくとも、一生のうちに口にする「すみません」の回数を減らしてみるだけでも、ちょっと人生が軽くなったり、するのではないだろうか。

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岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(角川文庫)。現在は米ニューヨーク在住。このまま生きると、2020年に40歳。http://okadaic.net/

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