年齢を数えなくなった「アラサー」時代に恐れていたこと

岡田育「40歳までにコレをやめる」

 自分のために使う時間を最大化するため、「する」よりも「しない」を意識して生きる。「やめた」ことを数え上げていくこの連載、今回のテーマは「年齢」である。私は1980年1月生まれ。2000年に20歳、というキリのよさを我ながら気に入っていた。西暦の下一桁を見れば自分の年齢を忘れることはないし、まさか間違えることはないだろうと、子供の頃はそう思っていた。

 異変が起きたのは、ここ数年だ。「ご結婚何年目ですか?」とかれて、うまく計算が働かない。だいたい2年か3年か4年っている気がするが、今ひとつ自信がない。冷静に考えてみよう。32歳のとき一つ目の会社を辞めて翌年の春に結婚したから、当時はたしか33歳。現在の年齢から33を引いて1を足せば、何年目かわかる。で、今のとしは幾つだっけ……そもそも今、西暦、何年だっけ……?

家族の年齢も即答できず

 即答できないのは自分の年齢だけではない。夫の年齢に父母の年齢、いつでも生まれたての気がする甥姪おいめいの年齢、つい先日バースデーパーティーに行ったばかりの友人の年齢、思い出そうとすれば幾つかの手がかりはあるのだが、足し算したり引き算したりで、正確な情報を引きずり出すのにおそろしく時間がかかる。「年齢を数えることに、だんだん脳のリソースを割かなくなってきているんだな」という自覚症状がある。

 では、最後にはっきり強く、年齢を意識したのはいつだろう?と考えると、これはやはり、20代の終わり。29歳から30歳へと、十の位が一つ上がったときだった。夏の終わりに海まで行ったのを皮切りに、仕事の出張、同窓会、ライブ、衣替えから家電の買い替えまで、何をやっても「20代最後の」と感じていた。

 ずっと「2」から書き始めていた年齢欄に、間違えず、迷いなく、いっさい躊躇ちゅうちょなく「30」という数字を書き込めるようになるまで、数か月かかった。やっとき物が落ちたのは「31」に移行してからだろうか。次の「32」という数字が忘れ難いのは転職したからで、しかし新生活に慌ただしく年齢のことなんて忘れていた。アラサーの終わりの始まり、おそらくこの辺りから真面目に歳を数えなくなったのだろう。

30歳の誕生日、日記によると私はレンタルしたミュージカル映画のDVDをて盛り上がり、前年の冬コミに出展した同人サークル仲間とたこ焼きパーティーを開催、ケーキで祝ってもらって帰り道に週刊少年ジャンプを買い、好きな漫画が巻頭カラーを飾ったと喜んでいた。何の変哲も無いオタクの日常、楽しい週末ではあるが特別な祝祭という様子はない。

 でも、書き留められていないこともある。この頃の私は男と別れてまた新しい男を探そうとしては手痛い失敗を繰り返していた。学費ローンという名の借金返済から解放され、何のために働いていたんだっけ、と糸の切れたたこのような気分でもあった。新しい貯金目標を設定するのに、いきなり海外留学やマンション購入の資料を取り寄せたりもした。

40歳過ぎても、くだらないことで悩んでいたら……

 平たく言えば、「このまま同じ人と恋愛して結婚して、同じ会社に勤め続けながら子供を産み育てたりするのだろう」という未来予想図が、音を立てて崩れたのが29歳。そんな絵図をまたゼロから描き直すことにうんざりし、途方に暮れていた時期だ。何か新しい試みを始めては、どれも長続きしない自分に嫌気がさした。

 もう若くはなくなるのに、何の劇的な変化も起きず、やるべきことばかり増えていく……でも、真剣に悩んでいるように見えて内心、こんなことは全部くだらない、とも感じていた。いかにも青臭くて平凡な、この20代っぽい苦悩から解放されるために、早く30歳になってしまおう。ごくごく普通に過ごした誕生日の週末にも、そんな気持ちが表れているようだ。

 30歳になるのは怖くない。私が怖かったのは、40歳だ。「これから突入する30代ずっと、ひょっとしたら40歳を過ぎるまで、今と同じようなくだらないことで悩んでいたら、どうしよう?」と、そればかりが心配だった。

 「私はいちいち年齢を数えるのをやめたんだ!」と豪語しながら、連載タイトルでは「40歳まで」と年齢で人生を区切っている矛盾についても、この気持ちを引きずっているからである。(次回につづく)

【あわせて読みたい】
大人になって「頭割り精算」が面倒になったワケ
お酌されるより、自分のペースで飲むほうがおいしい
「ていねいな暮らし」できない自分に罪悪感

岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(角川文庫)。現在は米ニューヨーク在住。このまま生きると、2020年に40歳。http://okadaic.net/

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

嫁へ行くつもりじゃなかった [ 岡田育 ]
価格:1620円(税込、送料無料) (2018/1/5時点)