大人になって「頭割り精算」が面倒になったワケ

岡田育「40歳までにコレをやめる」

 新入社員の頃、仕事以外での余計なお酌をやめた編集長に感銘を受けた。ちょうど同じ頃、別の先輩社員からは「いいかげん、おごられることに慣れなさい」と言われた。外回りのついでに一緒に飲食するたび、伝票を見た私が毎回財布を出す「ポーズを取る」ことに、あきれ果てての一言だった。

  支払いの意思があると態度で示すことが礼儀だと信じていたのだが、「来年以降、後輩ができたらもっとおいしいものを奢ってあげなさいよ。そうやって返すものだよ」というのが先輩の教えだった。明らかに奢られる立場にあるとき、ポーズのためのポーズを取ることには何の意味もない。無駄な抵抗はやめて観念して奢られなさい、というのだ。

 お互いの厚意に甘えて持ちつ持たれつ、奢り奢られておいしいものを飲み食いする。時に経費として領収書を切り、時にポケットマネーを捻出し、それは暮らしを豊かに彩る行為であるから、まぁやめずともよいだろう。私がこの先輩に倣ってやめたのは、「細かすぎて無駄を生む割り勘」である。30歳を過ぎた頃から、親しい相手と食事するとき、厳密な頭割り精算が急にどうでもよくなった。35歳を過ぎた今では、よく知らない初対面の相手とさえ、支払いを多めに持つことに何の抵抗もない。

割り勘に費やした膨大な労力

 今住んでいるニューヨークはキャッシュレス化が進み、人数分のクレジットカードを渡せば大抵、飲食店側が機械的に等分精算してくれる。そのためか、たまに現金精算の必要があると、途端に面倒臭く感じる。卓上を飛び交う札束を数えているうちにイライラしてきて、「じゃあもう若い子は10ドルずつ!」と適当な額を言うと、若い子ほど現金の持ち合わせがなく、VenmoかPayPalで電子決済となる。

 コーヒーショップなどではレジ横にチップ箱が置かれていて、受け取った釣り銭を財布にしまうのが煩わしいときは、そのままじゃらじゃらっと投入してしまう。時給は低いのにホスピタリティの高すぎる日本のコンビニにも、こういう仕組みがあればいいのにな。そんなこんなで端数を切り上げ切り上げ、どんどん、どんぶり勘定になった。

 とくに意識してやめたわけではないのだが、たまにふと「昔はものすごく細かく、現金で割り勘していたっけな」と思い出し、そこに費やした膨大な労力に何度でも驚かされる。安居酒屋の会計で、幹事が電卓をたたいて「はーい、1人あたり、2583円ずつー!」なんて叫ぶと、みんなで両替を工面しながら、十の位までの四捨五入で几帳面に支払う。「細かいのあるからぴったり出せる!」と叫び返す子は、用意がいいと褒めそやされて、誇らしげ。一方で、年長者が「残りはこれで払っちゃって」と高額紙幣を出そうものなら、「計算が狂う!」と大騒ぎになった。

惜しいのは「お金」ではない

 大人たちが若者に気前よく奢り、多めの額を払うことに無頓着なのは、お金に困っていないからだろう。昔はそう思っていた。しかし30代も半ばを過ぎると、その認識は違っていたことがわかる。大人の気前がいいのは主に、「お金が惜しくない」からではなく、「他のものが惜しい」からだ。

 たとえば、時間。老い先短い者どもは、いちいち立ち止まって小銭など数えていられない。始発まで粘れる若者と違って、眠くなるのも早い。「細かいことはどうでもいいから、とっとと払って2軒目行こうよ!」という焦燥感は、大富豪も大貧民も同じ、もっと根源的な恐怖にかられてのことなのだ。「おかしいな、合計あと500円足りない……」と計算し直そうとする若者に、ぐったり疲れたダメな大人は、千円札を投げ渡す。でも私だってかつては、正しく等しく何でも頭割りにしようと、頑張ってポーズを取っていた。

 こちらでも「はーい、1人あたり、25.83ドルずつー!」なんて厳密な現金精算を呼びかけられることは、ある。久々に聞いたな、と思いながら20ドル札を2枚出し、まぁ10ドル返ってくればいいか、と眠い目をこすり、黙って会計作業を眺める。この生真面目な若者たちに、じゃらじゃらっとチップを降らせて早くおひらきにしたい。そんな気持ちになるなんて、昔は想像もつかなかった。

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岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(角川文庫)。現在は米ニューヨーク在住。このまま生きると、2020年に40歳。http://okadaic.net/

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