お酌されるより、自分のペースで飲むほうがおいしい

岡田育「40歳までにコレをやめる」

 新卒入社した出版社で、最初の配属先は雑誌編集部。直属の上司にあたる編集長は、当時40代の女性だった。二十数名の部員が新入りを取り囲む歓迎会の冒頭、彼女はテーブル全体に飲み物が行き渡るのを見届けるやいなや、瓶ビールを取り上げて自分のコップになみなみと注ぎ、こう高らかに宣言して乾杯の音頭に代えた。

 「あとは、手酌で!」

 会社員たるもの、業務の一環として飲みに出かける機会も多い。新人研修期間中には、ラベルを上にして注ぐべし、乾杯時には下からグラスを掲げるべし、などなど、酒の席でのマナー教育も受けた。競合他社の居合わせる接待では、主賓にお酌をしやすいポジションに陣取るのもテクニックだ。真顔でそんなことを説いてよこすオジサンもいて、真顔で心にメモをとった。

女性上司の毅然とした態度に感銘

 会食時、話に夢中になって手がおろそかになり、「岡田、お酌!」と叱られたこともある。来客があれば、男でも女でも、目上でも目下でも、そのとき手の空いている部員がお茶をむというのが、編集部内のルールだった。日頃お世話になっている得意先にお酌するのも同じことである。会社組織のチームプレイを乱さぬよう、つねに最適最善の行動に励むべしと、これは編集長からもよく注意を受けた。

 「だけどお酒は、自分で注いで自分のペースで飲んだほうが、美味おいしいじゃない」

 というのが、同じ編集長の、同じ職場での、内輪の飲み会における言い分だ。お酌が仕事のこともある、だけどこれはもう仕事じゃないんだから、私が飲む酒は「私のもの」だという、一個人の声である。よく訓練された若手が勤務時間中と同じ動作で空いたグラスに酒を注ごうとするのを、「余計なこと、やめて」ときっぱり断る姿も見た。差し向けられたら必ず受けて、飲み干して返盃へんぱいせねばならない、と教わっていた私は、この毅然とした態度に感銘を受けた。

 「女の子に酌してもらったほうが酒がうまくなる」と主張するオジサンは、残念ながら未来永劫えいごう、絶滅することはないだろう。男性が注ぐものとされてきたワインボトルを持つ際は「女の手で失礼します」と言い添えるべし、なんて奇怪なマナーも聞いたことがあり、我々はどこまでへりくだらされなくちゃいけないんだ、と思う。お酌をするために会社に入ったんじゃない、と泣きたい夜もなくはなかったが、初めての歓迎会の光景が、ずっと心の支えになっていた。

「やめる」リレーのバトンを次代に

 古くから続いてきた慣習を自分の手元でいきなりスパッと断ち切るのは容易なことではない。でも手近に何かよいお手本があれば、その真似まねをすることから始められる。一度にすべてを変えるのではなく、できるところから順次やめていく柔軟性も大切である。高いところに立てば声もよく響くし、裾野にまでよく行き渡る。下からえていたのでは変えようのないルールも、するする書き換えていくことができる。

 社内で当時唯一の女性編集長だった彼女は、まさに我々のお手本となる存在だった。歳近い先輩社員と飲みに行くと、彼女に倣った「あとは、手酌で!」という同じ乾杯の音頭をしょっちゅう聞いた。女性からも、そして、男性からも。年齢が上がるにつれ、上座をすすめられることの増えた私も、先手を打ってルールを書き換える。これは「やめる」リレーのバトン、私が受け取って、また次の代に渡す。

 憧れに一歩近づいた私が次に注意すべきことは、かつて嫌っていたあのオジサンたちのようにならないことである。残り少ない酒をちびちび飲んでいる若い子を見ると、上座から「もっと飲め飲めー」とぎ足してやりたくもなる。けれどそれは他者のパーソナルスペースを侵す過干渉であり、翌朝シラフにかえると、必ず後悔する。「自分で注いで自分のペースで飲んだほうが、美味しい」に決まっている、それを忘れるほど酒に飲まれてはいけない。だから私は、お酌をやめた。

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岡田育
岡田 育(おかだ・いく)
文筆家

 岡田 育(おかだ・いく) 文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(角川文庫)。現在は米ニューヨーク在住。このまま生きると、2020年に40歳。http://okadaic.net/

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