不妊治療で「サプライズ退職」、辞めたくないのに辞める気持ち

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 不妊治療経験者の41%は仕事との両立が難しく、退職や転職などに追い込まれていることが、不妊で悩む人を支援するNPO法人「Fine(ファイン)」(事務局・東京)のアンケート調査でわかりました。不妊治療を体験し、同法人理事長も務める松本亜樹子さんは「仕事を頑張ってきた女性が、辞めたくないのに『サプライズ退職』せざるをえない状況がある」と指摘します。両立の難しさを松本さんに聞きました。

休みを事前に決められない、不妊治療の難しさ

 Fineの調査は、今年3~8月までにインターネットを使って行われ、不妊治療経験者や不妊を考えたことがある男女5526人の回答が集まりました。回答からは「不妊治療と仕事との両立が困難」と訴える人が96%にも達しました。

Q:なぜ両立が難しいのでしょうか。

A:まず、「通院回数の多さ」と「事前に予測ができない」治療事情があまり周りに知られていないことがあります。不妊治療は、卵巣を刺激する注射をして、卵子の育ち具合を見ながら治療を進める場合がほとんどです。良い具合に育つまでどの程度かかるのか、体調や体質、薬との相性もあり、予測ができません。診察を受けて、具合を見ながら「明日また来て」「あさってでいいよ」などと言われて通院日が決まる。1回の治療で7~10日は通う必要があります。採卵の前に自然に排卵してしまったら、治療ができなくなってしまいますから、卵の育ち具合のチェックが大事なんです。急に病院に行かなければならなくなって、仕事に穴を空けざるを得ない時もあるんです。

Fineのアンケート調査結果より

Q:治療と仕事をてんびんにかけなければならない場面があるということですか。

A:例えば、会議と診療がぶつかってしまった時に、会議を選べば、その周期の治療をあきらめなければならないかもしれない。ここまでの治療で、相当な時間とお金と自分の気持ちを費やしていますから、それをあきらめるというのはつらいことなんです。しかし、仕事に穴を空けるのも心苦しい。「周りに迷惑をかける」といった気持ちや「治療に専念できない」という精神的な負担から、誰にも何も告げずに退職する「サプライズ退職」を選んでしまう女性も少なくありません。

Q:治療を受けるのは30~40代の女性が多いですよね。

A:真面目に仕事を頑張ってきて、管理職や責任ある立場に就いている人も多いのです。それなのに治療で仕事をたびたびキャンセルすれば、「なんて無責任なんだ」と部下や周りの信頼を失ってしまう。周りに不妊治療をしているとは言いづらく、また勇気を出して打ち明けても「今度の会議には出席できるのか」「今は治療を控えてほしい」などと言われたりして、わかってもらえないという声がアンケートのコメントで多数寄せられました。

かさむ治療費、仕事を続けたいのに……

Q:不妊治療にはお金もかかりますよね。

A:以前のアンケートで治療費の平均を尋ねたことがあります。人工授精であれば1~5万円程度、体外受精や顕微授精(卵子に針をさして受精させること)など治療のステージがあがるほど、50万~80万円ほどとあがっていきます。健康保険が適用されない治療が中心で、費用も高額なため、患者の大きな負担になっています。
 卵子に針を刺して受精させる顕微授精の場合は、オプションの手技料がかかったり、卵子を凍結させて保存する場合はその料金も必要となります。その金額も保存期間や病院によって様々です。国の特定不妊治療(体外受精や顕微授精)の助成金として1回の治療につき15万円(または7万5000円)が給付される制度がありますが、夫婦合算の所得ベースが年収730万円までという条件があり、2016年度から妻の年齢に42歳までという年齢制限がつきました。回数も以前の10回までから6回に、40歳以上で治療を開始した場合は3回までになりました。

Q:治療にかけるお金は削れないという声も聞きます。

A:お金を削ると妊娠の可能性まで減らしてしまうようで、頑張ってお金を出してしまうんです。私自身も30歳前から病院に通い始めて、普段の買い物は安い方を選ぶのに、不妊治療中は金銭感覚がまひしてしまったかのように治療にお金を使いました。私の場合は、毎年、自分と母の誕生日、年末の節目がくるのがプレッシャーで。「母が私の年齢の時に自分は何歳だった」と数えてしまって……。焦る気持ちがあるからこそ、新しい治療法や薬もあると言われると、「これで妊娠できるなら」「今やるしかない」と高額でも払ってしまう。徐々に治療のハードルがあがり、お金も体力も精神面でも限界にきて、治療に通わなくなったんです。

やめどきの迷い、夫婦力が試される

Q:やめどきも勇気がいるのでは?

A:治療を始める時も自分が不妊だと認める勇気がいりますが、やめる時の勇気とは比べものになりません。子どもを持つ可能性を自分から放棄するのはつらい。治療について夫婦ですれ違いが起こることもよくあります。夫に相談しても「君の思う通りでいいよ」などと言われる。男性側に不妊の問題があっても、妻の卵子を取り出して授精させる必要があり、夫にしてみれば「治療を受けるのは妻」という思いがあるのでしょうが、二人の問題なのに、妻一人で決めなきゃならないプレッシャーや孤独を感じてしまう。不妊治療は夫婦力が試される治療であるとも思います。治療をきっかけに絆が深まる夫婦ももちろん多いのですが、亀裂がはいり、子どもを授かったのに別れてしまうというケースもあります。

インタビューに答える松本亜樹子さん

必要なサポート制度、誰もが安心して働き続けられる社会を

Q:アンケートでは、「職場に不妊治療のサポート制度がある」と答えた人は6%にとどまり、「ない」と答えた人の大半は支援を希望していました。一方で、会社に制度があっても「使わない」とした人が41%いて、「治療を知られたくない」「制度が使いづらい」などという回答も目立ちました。

A:アンケートでは「本当は辞めたくなかった」「20年以上仕事を頑張って、管理職になったのに悔しい」「昇格の機会をあきらめざるをえなかった」など、切実な声がありました。仕事が好きで情熱を傾けてきた人ほど妊娠が遅れる傾向があります。今回のアンケート結果からみると、不妊退職をした人の年齢は35~39歳がもっとも多く、次が30~34歳、続いて、40~44歳で、責任ある立場につく年齢です。人材を育てるコストを考えると、働き盛りの不妊退職は大きな社会的損失だと思います。

 不妊治療に限らず、例えばがんなどの疾病治療や介護など、仕事をしながら、別のことをする人が今後増えてくるでしょう。半休とはいかないまでも2、3時間だけ休めるとか、病院の待ち時間を有効活用できるリモートワークを進めたり、「1年間不妊治療に専念できる休業制度」期間を設けたりするなど、もっと柔軟な支援が必要だと思っています。

 このアンケートでは、不妊治療の制度がある会社の方が、離職率が低いという結果も明らかになりました。不妊治療を口にできる風土を作るためにも制度が必要なのではないでしょうか。

松本亜樹子(まつもと・あきこ)
 NPO法人「Fine~現在・過去・未来の不妊体験者を支援する会」理事長。長崎市生まれ。フリーアナウンサーとして活躍し、自分の不妊体験を生かして「ひとりじゃないよ!不妊治療」(共著)を出版したのをきっかけに、2004年に「Fine」を設立。2016年に「不妊治療のやめどき」(WAVE出版)を出版。