「子どもはまだ?」と聞かれたら……「雑音」への対処法

サンドラがみる女の生き方

写真はイメージです

 子を持つ楽しさを語るのは、子どものいる人に任せておくとして、いない人の「ハッピー」について今回は語りたいと思います。「子どもがいない」というと、「何か事情があるのだろうな」などと思われがちですが、「子どもがいないからこそできること」はたくさんあります。

子どもがいないからできること

 例えば、「思いっきりケンカができる」。これをいうと語弊があるのですが、要は言いたいことが言える、ということです。私の母は先日、ふとした時に私にこう言いました。「子どもが小さかった頃は、スーパーでも出先でも、何か見知らぬ人に嫌なことを言われても、言い返せなかった。だって子どもに危害が及んだりすると怖いもの」と。もちろん個人差も大きいのでしょうが、子のいない女性は、仕事でもプライベートでも自分と自分の周りの大人のことだけを考えていればいいので、「子」のために発言をセーブしたりする必要はなく、ある意味、いつまでも「本音」で生きていられるのが魅力です。

 また、「パートナーと一緒に夢を見ていられる」。日本でもドイツを含むヨーロッパでも、子どもを一緒に育てていく中で、良い意味で「同志」のような関係になるカップルもいる一方で、夜泣きや病気など想像以上の大変さの中で、主に女性がストレスにさらされることも少なくありません。手伝わないパートナーに冷めた気持ちになるケースもあるようです。子どもがいない場合は、そのような現実には直面しないので、カップルはお互いの気持ちを中心に考えることができ、いつまでも恋人同士のようなライフスタイルが味わえます。

女の最大の仕事は母親になること?

 子を持たない女性が自分の生活を楽しもうと前向きになっている時、不意に周りからの「雑音」に悩まされることがあります。政治家でいえば、かつて「産む機械」発言をした柳沢伯夫元厚生労働大臣にはじまり、「子どもを一人も作らない女性が、自由を謳歌おうかして楽しんで、年取って、税金で面倒見なさいというのは本当におかしい」と言い放った森喜朗元総理など、子を持たない女性を非難する男性政治家は枚挙にいとまがありません。

 政治家に限らず、こういった価値観の親戚や身近な人にゴチャゴチャと言われてしまった場合、悩ましくはあるのですが、「価値観が化石化した人が言っていること」として諦めるとスッキリします。発言が「耳」には入ってきても、自分の「心」の中にまでは入ってこさせない、といったところでしょうか。

 実は日本に限らず、たとえばトルコのエルドアン大統領も「女の最大の仕事は母親になること」「女性は少なくとも子どもを3人は持つべき」と発言していたりします。でも、トルコは2017年の「男女平等ランキング」では144か国中131位、日本は昨年の111位がさらに下がって今年は114位です。日本もトルコもこと男女平等に関しては、思考が「まだまだ」の男性が多いことは明らかなので、彼らの発言を参考にする必要はありません。

 ちなみに、ドイツの場合も日本と同じ少子化であり、出生率は低く1.50(2015年)ですが、ドイツの政治家が「少子化なので、女性はもっと子どもを産んでください」と発言するのは聞いたことがありません。少子化対策は「国」の務めであり、「個人の女性」の務めではありません。ドイツはここ数年、中東から数多くの難民を受け入れていますが、結果的にこれも人口減少を防ぐものとなっているのです。

意外と大きい「世代間ギャップ」

 30年前や40年前は今よりも専業主婦が多かったこともあり、ワークライフバランスについて語られることは多くはありませんでした。女性の人生の流れとして高校や大学を出たら数年は働いても、ゆくゆくは結婚し、専業主婦になって子供を産む、という流れができていました。子どもは深く考えずとりあえず「流れで産む」ものだったようです。それが近年は「考えて産む」に変わってきました。

 親から「孫の顔が見たい」、「子どもはまだ?」と聞かれ、ちょっと自分の気持ちとは違うなと感じたら---。それはある種の「世代間ギャップ」だとして、良い意味で諦めてみるのもよいかもしれません。いつの時代もそうであったように、親は時に昔の価値観で子どもに語るものですが、「今」を生きている娘が何でもかんでも言うことを聞かなくちゃいけないかというと、そうではありません。

 ちなみに私の場合、母は団塊世代の日本人ですが、私が成人してから「自分の時代は『子どもは産むもの』として、そういうものなんだ、と深く考えずに産んだけど、もし今の時代に若かったら、また違った選択もあったのかもしれない」と本音を打ち明けてくれたことがありました。

 それを聞いた時、私は母と女友達のようになれたようで、なんだかうれしかったです。もちろんそれは、子どもの頃に愛情を注いでくれた、という確かなる思いがあったからこそなのですが。

 いろいろと書いてしまいましたが、なんだかんだいって私は(子のいない)今の生活が幸せです。もちろん今後どうなるかは分かりませんが、未来が分からないというのは、子どもがいる人もいない人も同じ。月並みな言い方ですが、それぞれの幸せと苦労があり、どちらかだけが女の生き方の「正解」でもないと思っています。

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サンドラ・ヘフェリン
サンドラ・ヘフェリン
コラムニスト。

 ドイツ・ミュンヘン出身。日本在住20年。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「多文化共生」をテーマに執筆活動中。著書に「ハーフが美人なんて妄想ですから!!」(中公新書ラクレ)、「ニッポン在住ハーフな私の切実で笑える100のモンダイ」(ヒラマツオ共著/メディアファクトリー)、「爆笑! クールジャパン」(片桐了共著/アスコム)、「満員電車は観光地!?」「男の価値は年収より「お尻」!?ドイツ人のびっくり恋愛事情」(ともに流水りんこ共著/KKベストセラーズ)など。
 「ハーフを考えよう!」http://half-sandra.com/