築地のオヤジグラビア「濃厚な存在感」にはまる女性たち

「築地魚河岸ブルース」を出版した沼田学さん(山岸直子撮影)

ターレで走るオヤジだけの写真集

 東京在住のカメラマン、沼田学さん(44)が9月に出した写真集「築地魚河岸ブルース」(東京キララ社)がちょっと話題だ。理由は、編集者の都築響一さんが書いた帯の言葉が物語る。

 「魚市場なのにサカナが一匹も写ってないなんて……沼田くんの築地は、特上のオヤジ市場だった!」

 写真集に載っているのは、ターレと呼ばれる運搬車で走るオヤジがほとんど。そのオヤジたちがすごくイイ、とSNSで女性人気に火が付いて、すぐ重版となった。

「築地魚河岸ブルース」(沼田学著)より(以下も同じ)

仕事する顔、1年かけて撮影

 沼田さんは、東京・築地市場で働いていた友人に勧められて昨春、撮影に通い始めた。築地といえばすでに多くの人が撮りつくしてきた現場だが、沼田さんが「かっこいい」と目をつけたのは、ターレの人たちだ。屋外の同じ場所で1年間撮り続けた。

 最初は「何撮ってんだ」と叱られた。「すみません」。それでも週に3、4日通っていれば風景にまぎれ「そこにいる人」として受け入れられていく。

 いいのが撮れたら、水にぬれてもいいように写真をラミネート加工し、本人を見つけてプレゼントした。ターレに写真を貼ってくれる人もいて、少しずつ友だちが増えていった。行かないと「きのうなんで来なかった」と言われるようになり、怒っていた人がしまいには「毎日何してんだ。中に仕事あるぞ」と心配してくれたという。

 市場が忙しさのピークを過ぎる午前8~10時ごろ、敷地外側のガードレール前が沼田さんの定位置だった。望遠レンズとストロボを使い、うずくまるようにして、勢いよく走り抜けるのをとらえる。背景も、乗り物も同じだからオヤジの多様性がよくわかる。額のしわ。肌ににじむ汗。日々使い込んだ筋肉。日差しや雨、ときには雪が舞う中、それぞれの充実感がにおい立つ。

 「行けば行くほどいい顔のオジサンが手元にたまっていって、やめられなくなりました」と、沼田さんは話した。

健康的な筋肉にオヤジ萌え

 写真集がブレイクしたきっかけは、築地に詳しい漫画家、おざわゆきさんの<こっこれは…!!いい…!>というツイートだ。

 リツイートは4万5千件にのぼった。多くが女性のようだ。おざわさんへの返信には<めっちゃカッコイイですね~!!><健康的な筋肉がついていてとても渋くて><築地オヤジ萌え>などの言葉が。

 沼田さんとのトークイベントで、おざわさんは、オヤジに反応する女性たちについて、「つきあいたいとかではなく、柱の陰からながめてでたいという感じでしょうか」と評した。確かにこの濃厚な存在感には、街場ではあまり出会わない。トークイベントがあった夜、会場の銀座・蔦屋書店の売り場を見ていたら、積まれた本を手に取るのは女性が多かった。

 出版元・東京キララ社の中村保夫代表も、「アート写真だと思って作ったものが、オヤジグラビアとして女性に読まれるとは。いや、もちろんぼくらもかっこいいと思っているんですけど……」と驚いていた。

普通の人のかっこよさ

 沼田さんは長年歌舞伎町のホストクラブを撮っていたことがあるという。そのときも、長期間歌舞伎町にいることで場になじんでいったという。それが沼田さんの作法なのだろう。そしてホストという大づかみのイメージでなく1人1人を間近でじっくり見るおもしろさを知った。

 「みんな普通の人。実は、普通の人がかっこいいんです」

 市場は来秋、豊洲へ移転が見込まれる。沼田さんは、「この人たちがいたら、豊洲もきっと市場として問題なく機能すると思う。でも、この写真は築地だからこそ撮れた」という。「市場のプロと観光客が入り交じり、ぼくみたいなのも紛れ込む、築地はそんな汽水域でした」(文・森川暁子、写真は「築地魚河岸ブルース」より)

★沼田学さんのインタビューを10月27日の読売新聞朝刊2面「顔」で掲載しています。

沼田学(ぬまた・まなぶ)
 1972年北海道生まれ。早稲田大学を卒業後、会社員などを経て30歳でカメラマンとして独立。「築地魚河岸ブルース」が初の写真集。イベント会場を盛り上げるために始めた餅つきにハマり、頼まれれば餅つきの出前もする。マイ臼、マイ杵を所有。