意外と多い?!出産にまつわる「神秘信仰」

サンドラが見る女の生き方

 「子を持つか否か」の話になると、私がやっかいだなと思っているのが、「母性の神秘」を信じてやまない人たちが突如としてあらわれることです。

 個人的な印象では、政治家を含む年配の男性に「神秘信仰」の人を多く見かける気がします。彼らは「女性は『産む』という『体験』ができるのだから、やっぱり出産は経験しておくべきだ」と言います。

 年上で社会的地位のある男性が、若い女性に対して「せっかくなので産んでおいたほうが良い」というような発言をしていると、「この人、女性を持ち上げるフリをしていながら、なんだか上から目線だな」なんて思ってしまいます。

女だから神秘を体験すべきという意見

 日本に来て、「女性なので、やっぱり出産は経験してみたい」という発言を聞いた時、「新鮮だなあ」と思いました。というのは、私も女性ですが、私の育ったドイツで、このような考え方(「女性として生まれたからには、出産という行為を体験してみたい」)や発言は、まれです。

 「子を持つか・持たないか」を考える時、一般的にはパートナーとの関係性、自分の仕事や人生設計などの話をします。同じ子を持つのでも、自分で産むのか、それとも養子をもらうのかを考えるドイツの女性もいます。そんな中で、日本では「せっかく女性に生まれたのだから、出産という神秘を体験しておきたい」という発想を女性自身も持っていることが、私には新鮮に映ったのです。

 もっと驚いたのが、出産に続く「神秘」シリーズの数々。「男は出ないのに、女性は母乳が出るってすごいよね」と、一見女性を持ち上げているようにも聞こえますが、ほとんどの場合「やっぱり母親として子供には母乳をあげるべき」という発想とセットになっているようです。そして「無痛分娩はダメ。おなかを痛めて産むのが出産というもの」という発言の裏にあるものも、ある種の「神秘信仰」だと私は思います。

 つまり、女は新しい生命を体の中で育むことができるのだから、それを体験すべき、そして出産は神秘であり、痛みを伴うものなのだから、麻酔は使わず自然分娩をすべき、そして生まれた後には母乳というこれまた神秘的なものが女性の身体の中から出てくるのだから、当然その神秘を次世代につないでいくべき、という発想です。

女性の現実は無視されているのでは?

 何を信仰するかは個人の自由ではあるのですが、この手の「神秘信仰」は、女性個人の体質、女性本人の気持ち、そして、女性の仕事のスケジュールといった現実的な話を無視しているように、私には思えるのです。

 ちなみにヨーロッパには「産む日にちをあらかじめピンポイントで決めたいから」という理由で、帝王切開を選ぶ女性もいます。それが医学的に良いか悪いかは別として、日本の感覚とはだいぶ異なります。

 ドイツでは無痛分娩が普通ですし、母乳に関しても自分の体調や気持ちと相談しながら、母親が自分で決めます。母親たちが各自「私はこうしています」と外に対して主張することはあっても、外野、ましてや年配の男性から女性に対して「あなたはこうすべき」というような声はありません。

 もちろん、国や文化によって多様な考えがあることは承知していますが、「神秘信仰」が、知らぬ間に日本の女性たちの選択を縛って、息苦しくしている。そんなふうに私には見えるのですが、いかがでしょう。

サンドラ・ヘフェリン
サンドラ・ヘフェリン
コラムニスト。

 ドイツ・ミュンヘン出身。日本在住20年。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「多文化共生」をテーマに執筆活動中。著書に「ハーフが美人なんて妄想ですから!!」(中公新書ラクレ)、「ニッポン在住ハーフな私の切実で笑える100のモンダイ」(ヒラマツオ共著/メディアファクトリー)、「爆笑! クールジャパン」(片桐了共著/アスコム)、「満員電車は観光地!?」「男の価値は年収より「お尻」!?ドイツ人のびっくり恋愛事情」(ともに流水りんこ共著/KKベストセラーズ)など。
 「ハーフを考えよう!」http://half-sandra.com/