睡眠は足りていますか?「睡眠負債」に陥らないために(下)

 日本の働く女性は、男性に比べて睡眠時間が短いというデータがあります。翌日に疲れを残さないために必要な睡眠の基礎知識を、国立精神神経研究センターの精神生理部長、三島和夫さんに聞きました。

8時間寝ないと不眠?

――睡眠に問題を抱えている人は少なくないと思います。必要な睡眠時間には個人差があると言われますが、自分にとって必要な睡眠がとれているかどうかはどのようにしたらわかりますか。

国立精神神経研究センターの精神生理部長、三島和夫さん

三島 原則的には、眠気や倦怠けんたい感で日中の仕事や生活に支障がなければ問題はないということになります。睡眠時間は個人差のほかに年齢と関係していて、年齢を重ねるほど平均睡眠時間は短くなっていきます。20歳では7時間半ですが、30歳では7時間を切り、40歳では6時間半、70歳では5時間台というデータがあります。「8時間睡眠が必要」と思い込んでいる方もいますが、8時間睡眠には何の根拠もありません。

睡眠負債は、全身の健康へのリスクを増加

――「睡眠負債」という言葉を耳にします。どういうことでしょうか。

三島 睡眠負債(Sleep debt)には睡眠不足の影響が蓄積するという意味合いがあります。睡眠不足は肥満や糖尿病、高血圧、高脂血症、狭心症、心筋梗塞、脳卒中と様々な病気のリスクになることがわかっています。睡眠不足であっても眠気を伴わないことがあります。自覚できない程度の睡眠不足でも5年、10年と続くと全身の健康へのリスクが高まります。潜在的な睡眠不足がないかどうかは、休日に目覚まし時計なしで眠ってみればわかります。普段の時間と比べて3時間ぐらい寝坊してしまう場合は、普段眠気がなくても長期的に体に負担がかかる睡眠不足になっているということです。休日の寝だめでやりくりしていても、体には負荷がかかっているわけです。

――寝だめや昼寝は良いことなのでしょうか。

三島 毎日の睡眠をきちんと取るのが理想で、寝だめや昼寝には注意が必要です。睡眠のリズムにはニつのメカニズムが関係しています。起きて活動していると、脳に睡眠物質がたまってきて眠たくなるのがひとつ。もうひとつは24時間よりわずかに長いリズムで動く体内時計の働きです。光には体内時計の調整作用があり、個人差はありますが、朝、目に光を受けると16時間後ぐらいで眠気が出てきます。休日の寝坊や昼寝で、体内時計のリズムが崩れたり、夜の眠気を妨げたりすると、夜になっても眠れなくなり、時差ボケのような状態で月曜日を迎えることになります。昼寝は午後3時ごろまで30分以内にし、生活のリズムを崩さないようにしましょう。

睡眠慣性で目覚めがすっきりしない

――よく寝たつもりでも、目覚めがすっきりしないことがあります。なぜですか。

三島 睡眠中は、ほぼ90分の周期で深い眠りと浅い眠りを繰り返しています。体を休ませるレム睡眠(REM=Rapid Eye Movement)と脳を休ませるノンレム睡眠に分けることができ、レム睡眠は目を閉じていても、眼球がすばやく動いている状態で、この時に鮮明な夢を見ます。睡眠中の8割を占めるノンレム睡眠には、比較的浅い眠りから深い眠りまであります。深い睡眠の時に目覚まし時計などで起きると、目覚めてもボーとしてぐっすり眠った感じがしなくなります。「睡眠慣性」と言って、眠っている状態から覚醒状態への切り替えがうまくできない状態です。この場合、すっきりしないからと言って睡眠の質が悪かったというわけではありません。浅い眠りから目覚めるとすっきりした目覚めになります。

バタンキューは逆に危ない

――横になるとすぐに眠れるという人の話を聞くと、健康そうに思えます。

三島 子どもはともかく、大人なら寝付くのに10分から30分ぐらいかかっても不思議ではありません。むしろ横になったらすぐに眠れる、バタンキューというのは、睡眠不足を抱えていると考えた方がいいと思います。

月経1週間前から月経中、深い睡眠が減る人も

――月経の周期と睡眠には関係がありますか

三島 月経の1週間前ぐらいから月経中にかけて、眠気やだるさが強くなる女性は少なくありません。6割程度の女性が眠気を感じます。女性ホルモンのプロゲステロンが増え、体温が上がり、深い睡眠が減るためと考えられています。また、1割の人は不眠がちになります。月経前気分不快症候群(PMS)と言って、イライラや抑うつ感が高まり、それが睡眠に影響する人もいます。この間の症状を改善するために、水分や塩分を減らすという意見がありますが、効果ははっきりしません。生理が過ぎると、体温が低めになり眠りの質がよくなります。

――不眠症とはどういう状態なのでしょうか。

三島 診断基準では、週3日以上、眠れずに翌日の活動に支障が出る状態を指します。興味のある人は、アテネ不眠尺度というチェックシートで試してみて下さい。不眠症で受診する患者さんに睡眠計をお貸しして調べると、実際には眠っているのですが、眠れていないと思い込んでいる場合がほとんどです。不眠症というのは、眠れないことを苦にする、言わば「不眠恐怖症」です。睡眠薬も使いますが、布団で悶々もんもんとしている時間をなくすため、眠たくなるまで布団に入らないようにするといった指導もします。

図=アテネ不眠尺度

 睡眠は全身の健康にかかわる食事、運動と並ぶ健康の柱。気持ちのよい睡眠をとりたいものです。カフェインが睡眠の妨げになることは知られていますが、その作用は3時間から7時間残ると言われています。コーヒー、緑茶、紅茶はもちろん、チョコレートや種類によっては栄養ドリンクにも入っています。夜間にもカフェインを取っている人は少なくないようで、社員の睡眠改善のため、「午後3時以降はノンカフェイン飲料を」と企業ぐるみで取り組んでところもあります。眠りが気になる人は、そんな基本的なところから生活を見直してみてはいかがでしょうか。(専門委員・渡辺勝敏)

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