「ぼくイエ」ブレイディみかこが描いた”見えない銃を握る少女”

シリーズ累計100万部を超えるベストセラー「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」(新潮社)で一躍注目を浴びたブレイディみかこさん。英国ブライトンでの暮らしは27年目を迎え、その間さまざまな仕事に携わってきましたが、一貫して社会の底辺から世界を見つめながら執筆を続けています。3年ぶりの訪日を果たした今夏、最新作にして初小説である「両手にトカレフ」(ポプラ社、1650円)執筆の背景や近況についてじっくり聞きました。

100年前から子どもの苦労は変わっていない

「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」では、息子が通っていた元底辺中学のことを書きました。荒れた学校で、生徒たちに音楽やストリートダンス、演劇などの部活を思いっきりやらせたら素行が良くなり、成績も上がったんです。とてもキラキラした息子の成長物語になっているのだけど、それを読んだ息子からは、「実際は部活ができない子もいる。彼らには、あの学校は全然違って見えているだろう。ノンフィクションの割にそこが書けていないね」と言われ、ぎくっとした。

ブレイディみかこさん
最新作「両手にトカレフ」の表紙を飾るのは、現代を生きる14歳の主人公ミアと、大正時代の日本に生まれた金子文子

学校生活を楽しむことすらできない子どもたちの存在は、私自身も見聞きしていて知っているのに、いないことにしてしまったんです。これはいずれ書かなきゃいけないと思っていました。「ぼくイエ」とほぼ同時期に出版した「女たちのテロル」(岩波書店)では、大正時代のアナキスト・金子文子について書いているのですが、文子の子ども時代は彼らに通じるところがあった。文子は無戸籍児で学校にも通えず、親に捨てられ、預けられた先でも虐待を受けます。100年もっているのに、子どもたちは大人にネグレクトされて、同じような貧困に苦しんでいる。何も変わっていないことに愕然がくぜんとします。

そうした過酷な現実を生きる子どもたちのことは、プライバシーの問題もあるのでノンフィクションではとても書けません。さまざまな要素を持った一人のキャラクターを作り上げ、フィクションで書くほうがいいと思いました。そして、貧困家庭に育った14歳の少女・ミアの物語を、彼女がたまたま手にした金子文子の自伝の内容と並行させて書くことにしたんです。

文子の物語は、「女たちのテロル」には書かなかった幼少期から自殺を思いとどまるところまでを書こうと決めていました。一方、ミアがそれを読んでどのように変化していくのか、ラストはどうするかなどは決めていなかった。私自身も先がどうなるかわからなまま、ミアと文子と一緒に走りながら書き進めていきました。

本と言葉に支えられた学生時代

ミアの母は酒におぼれて働かず、男にだらしない。ミアは同級生のように部活ができず、スマホも持っていない――50代の私がそんな14歳のミアの気持ちになって書けるのかとちょっと心配ではありましたが、書いているうちに、自分が10代でした経験、感じていたことが自然とあふれてきて、「なんで私だけがこんな家庭に生まれたんだろう」と、いろんなころに怒っていた気持ちがよみがえりました。

私の両親は若くして駆け落ち同然で結婚し、子どもを育てる準備ができていなかったのでしょう。肉体労働者だった父は酒のみで、母と喧嘩けんかばかり。読み書きを教えてくれたのは、文学好きだった母方の祖母で、祖母の家では本をたくさん読みました。家の経済状況は苦しかったけれど、遠くにある高校に行きたかった。担任の先生も親を説得してくれて、バスの定期代をバイトで稼ぐことを条件に県立高校に通うことになりました。でも、福岡で名門と言われるその高校で、私は浮いていました。周りは親が医者や弁護士、会社の重役などで裕福な家庭の子ばかり。禁止されていたバイトが先生にばれてしまい、事情を説明したら、「今どきそんな家庭があるわけない」と否定されてしまいました。

そんな私の支えになったのは、本と言葉だったと思います。金子文子の自伝を読んだのも、ちょうどその頃。彼女の文章はみずみずしく生き生きとした筆致で読ませるし、まともに学校に行っていないのに、自分の経験から思想を獲得したことがすごいと思いました。私のように文化的な環境で育たなかった子どもにとって、希望の星です。

また、そのころ傾倒していたイギリスのパンクやロックの歌詞にも影響を受けました。貧乏はみじめでダサいと思っていたけれど、イギリスではワーキングクラスこそかっこいいとされている。答案用紙の裏にパンクの詞や大杉栄のことを書いて提出したことがありました。その時、現代国語の先生が「君は本をたくさん読んで、ものを書きなさい」と言ってくれたのが、すごくありがたかったですね。ミアが試験の答案用紙の裏側にラップのリリックを書いて教室を飛び出すシーンは、この時の経験をもとにしています。

本当にその人の靴を履けるか

10代の頃、誰にも頼れない、本当の気持ちは誰にも話せないと思っていました。ミアも同じです。そんなふうに全身武装している様を、タイトルの「両手にトカレフ」に込めています。これはもともと画家の友人が描いた油絵のタイトルでした。ただ、描かれていたのは女の顔で、銃はない。「なんで?」と聞いたら、見えないけれど両手に銃を握っているんだと。劇的だな、いいなと思い、頼んで拝借しました。

私も全身武装していましたけど、私を理解してくれる先生がいたように、追い詰められた時には必ず誰かが現れて、手を差し伸べてくれました。一緒にパンクバンドを組んでいた男の子は、私の書いた詞をいいと言ってくれた。世界はそういうふうにできているし、そうでなくてはいけないと思います。願望であり、祈りではあるけれど。

ブレイディみかこさん
「『両手にトカレフ』は今まで書いたものの中で一番自伝に近いかもしれません」とブレイディさん

ミアと弟のことを気にかける存在として、幼なじみのイーヴィとその母ゾーイ、ソーシャルワーカーのレイチェルが登場しますが、もう一人、ミアにラップのリリックを書いてほしいと頼んでくる同級生のウィルを男の子にしたのは理由があります。フェミニズムやシスターフッドのエピソードがたくさん出てくる一方で、ミアの母親のつきあう男はろくでなしばかりだし、文子の父もとんでもない。でも「男は女の敵」にはしたくなかった。ミアを助けるウィルは男の子で、しかもミアとは階級が異なるのでミアの経験している困難がわからないのだけれど、なんとかわかろうとする少年として描きました。

「ぼくイエ」で、自分とは違う立場の誰かの感情や経験を理解する能力である「エンパシー」の重要性を紹介しましたが、ウィルはミアに対して「エンパシー」を働かせているわけです。エンパシーをわかりやすく言い換えれば、「その人の靴を履いてみること」。ミアの経験を想像するにはひと頑張りが必要です。なんなら、こんなにひどい靴、履きたい人は多くないでしょうし、本当に理解するのは無理なんです。でも「人間は、わからないことをわかるようになりながら生きているものだよね?」と、ウィルの言葉に願いを込めました。

幼い頃につらい体験をした子どもは、やがて両手に握った銃がいろんな形の暴力に変わることもあると思うんです。でも、ミアは文子と出会い、周囲の人に支えられることで自分の中から出てきた言葉をつかみ取って「両手にトカレフ」というタイトルのリリックを書く。トカレフは言葉になったんです。暴力ではなくて、自分を表現する言葉や音楽に。

差し出されたから、差し出したい

パンクの国に行けば自分らしく生きることができると思った私は、高校を卒業するとがむしゃらに働いてお金を貯めて渡英しました。20代前半は、ビザが切れると日本に戻って働いてお金をため、またイギリスに戻っての繰り返し。そんな生活に疲れて25歳からはしばらく福岡でOLをしていましたが、生きているのに死んでいるように感じてしまって……。そんな時、若い日に本を通して出会ったアナキストたちのことがよみがえってきました。自分の思うままに生きようと再渡英し、翌年、パブで出会ったアイルランド人の夫と結婚しました。

仕事は、日系企業や新聞社のアシスタントや翻訳などいろいろやりましたね。また、個人的にセックス・ピストルズのジョン・ライドンのファンサイトを運営していたのですが、それを見た編集者に声をかけられて「エレキング」というサイトで連載したり、アルバムのレビューを執筆したりするようになって。音楽だけでなく政治やカルチャーについても書いていたところ、今度は「Yahoo!ニュース個人」から執筆依頼があり、その連載は「ヨーロッパ・コーリングーー地べたからのポリティカル・レポート」(岩波書店)にまとまりました。その頃から、著述の仕事に本腰を入れるようになったわけです。

一方で、2006年に息子を出産し、俄然がぜん子どもに興味が湧いた私は、貧困地域の無料託児所の門をたたいて保育資格を取得しました。その保育所に息子を預けながら保育士として働いた経験をつづったのが「子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から」(みすず書房)です。

ブレイディみかこさん
この夏、親子2人で訪日したブレイディさん。息子さんは博多でブレイディさんの実父と一緒に楽しく過ごしているそう

行き当たりばったりではありますが、ここ数年は忙しく書いてきたので、ここらでスローダウンして仕事を絞ったほうがいいかなと思っています。つれいは、13年ぶり2度目のがんを発症して療養中で、今回一緒に日本に来るはずだったんですけど、抗がん剤治療後ということもあって見送りました。昨年の12月は最悪でしたよ。連合いが入院先でコロナに院内感染してしまい、家族3人そろって陽性に。怒涛どとうの年末年始でした。

連合いは死にかけて、この先の人生について考えたらしいです。人生で子育てほど楽しいことはなかった、元気になったら里親になって、もう一度子育てがしたいと。息子が赤ん坊の時は完全にワンオペ育児で、連合いは一度も息子をお風呂に入れたことがなかったし、おむつを替えたこともないのに(笑)。息子がしゃべるようになった頃から、その成長が面白くなったみたいです。

息子は中学を卒業して、9月からカレッジに進学します。学校は彼が自分で決めました。申請などはオンラインでできますから、一人でパパッとやっているようで、私は何もしていません。基本、自分のことは自分で決めて自分でやってます。でも、息子だけでなく、友達たちもみんなそうですよ。

保育士の仕事を通して感じたのは、どんな子どももはじめはみんな、大きくなりたい、学びたい、成長したいと思っているということ。けれど環境のせいで、学んだところでどうしようもない、面白くないと諦めに変わってしまうことが多い。私が思春期の頃は、親とは語り合えない、わかり合えないことでも、本を読むことで親や周囲の大人とは違う考えの大人たちがいることを知り、それまで知らなかったことをたくさん教えてもらいました。本を読むことは、違う考えを持つ誰かの話を聞くことであって、たくさんの視点を身につけることにつながります。私は、本がなかったら生きていけなかった。差し出されたから、自分も差し出したいという気持ちで書いています。

私が書きたいのは、どこかから降ってくる幸運じゃなくて、地に足がついた希望です。それは何かというと、結局、人とのつながりや触れ合いからしか生まれないものだろうと思います。誰かが手を差し伸べてくれること、自分が手を差し伸べること。希望ってそういうことじゃないかな。

(読売新聞メディア局 深井恵)

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ブレイディみかこ
ライター・コラムニスト

1965年、福岡市生まれ。高校卒業後、渡英を重ね、1996年よりブライトン在住。2017年、「子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から」(みすず書房)で新潮ドキュメント賞、2019年「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」(新潮社)で毎日出版文化賞特別賞、Yahoo! ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞などを受賞。その他の著書に「ワイルドサイドをほっつき歩け――ハマータウンのおっさんたち」(筑摩書房)、「ブロークン・ブリテンに聞け Listen to Broken Britain」(講談社)、「他者の靴を履くーーアナーキック・エンパシーのすすめ」(文藝春秋)、「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2」(新潮社)などがある。

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