「勝手に写真をのせないで!」SNS時代の親子間プライバシー問題

先日、外出先でバッタリ知人のドイツ人男性とその子供に会ったので、近況を尋ねたところ、男性が「ウチの子はこの間、◯◯学校に入学して、今度の週末には誕生日をお祝いするんですよ!」とうれしそうに話してくれました。筆者もそれに合わせて話に花を咲かせていたところ、一緒にいた男性の子供が明らかに不機嫌な様子になりました。日を改めて確認をすると、男性は「息子に自分のことをあまりベラベラしゃべるな!と怒られた」と話しました。思春期になってから親が自分のことを第三者や外で話すのを嫌がるのだといいます。

先日、発言小町でも、姉から娘(投稿者の姪)の初潮パーティーに招待されたという投稿について、姪っ子さんのプライバシーを心配する声が多数ありました。SNS等での発信も含め「親は子供のことをどこまで話していいのか」について考えさせられます。もちろん一概に言えるものではありませんが、今回は海外の事情とも比べながら「家族間のプライバシー」について考えてみたいと思います。

親が子供の写真をシェアレンティング

SNSが普及していなかった頃も親は我が子の写真を撮っていましたが、それらの写真はたいがい家のなかのアルバムに収まり、それを見るのは家族、または家に遊びに来た祖父母や親戚、友達などに限られていました。今はスマホで撮った我が子の写真をSNSにアップする親もいます。知人女性もたびたびお子さんの写真をアップしているのですが、「子供の写真をアップすることで、昔の同級生とも話が弾む」「子供は成長が早いので『今の姿』を記録として残しておきたい」と話します。このあたりの親の感覚は「アルバム作りをしていた時代」とあまり変わらないのかもしれません。

問題はSNSに写真を上げると多くの人の目に触れる可能性があるということです。「全体公開」で発信すれば基本的にはネットに接続できる人なら誰でも見る可能性があります。たとえ「友達や知人限定」に設定していても、誰かが子供の写真を保存し、別のサイトにアップする可能性はゼロではありません。いったんネットに上げた写真がその後どのように使われるかについてコントロールできない部分もあり、住んでいる地域や子供の学校に関する情報がSNSを通して外部に知られれば、よからぬ目的で子供の居場所を突き止めようとする人が出てこないとも限りません。

欧米では近年、「子供の行動について頻繁にSNSに投稿したり写真を載せる親の行為」のことをシェアレンティング(Sharenting)といいます。これはShare(他人と共有する)とParenting(育児)を組み合わせてできた言葉です。2013年に英国のガーディアンが記事の中で使ってから一気に広まりました。

ドイツでは14歳以上なら同意が必要

筆者の出身のドイツでは、Sharentingについては「子供が犯罪に巻き込まれる可能性」が問題視されているものの、それ以前に「何も犯罪が起きないとしても、果たして親が子供のプライバシーを漏らしていいのか」ということについてよく議論されています。

たとえば小さい子供がお風呂に入っていたり、「おまる」に座っていたりするのは、家族からするとかわいい姿に違いありません。しかしそのような写真をネットにアップしてしまうと、子の成長とともにそれらの写真が原因で子供が学校でイジメのターゲットにされることもあります。仮にイジメの問題がなかったとしても、子供がそういった写真を「恥ずかしい」と感じるのは自然なことです。

ドイツの法律では、親が子供の写真をSNSに載せる際に、子供が「14歳以上」であれば、子供の了解を得なくてはなりませんが、14歳未満の子供については親(養育権を持つ親)の判断で子供の写真をアップすることが可能です。しかし、親が子供の写真をアップすることで、親には分からないところで子供が嫌な目に遭う可能性もあるため、ドイツではDeutsches Kinderhilfswerk(ドイツ子供支援協会)がSharentingを問題視しています。

サンドラがみる女の生き方
写真はイメージです

創作のネタにされることへの反発も

趣味の一環や我が子かわいさからSNSで発信している親と状況が異なるのは、親が「職業柄、発信をする立場にいる」場合です。筆者に子供はいませんが、日常の何げない育児エピソードを描いた漫画が好きで、流水りんこさんの「インド夫婦茶碗」を読んでは数々のエピソードに笑っていました。2人のお子さんのことが描かれていますが、子育ての大変さが伝わると同時にクスッと笑ってしまうエピソードが面白かったのです。

その一方で、先日ちまたで話題になった漫画家の西原理恵子さんの家族のようなケースもあります。西原さんはかつて「毎日かあさん」という漫画の中で子供のことを描いていましたが、娘さんの鴨志田ひよさんのブログやツイッターの発信をきっかけに、先日SNS界隈かいわいでは「漫画家である親が子供のプライバシーについて、どこまで漫画に描いても良いのか」と議論になりました。

創作を仕事にしている親が、身近にいる子供を作品に登場させることでその作品がヒットし、それが一家の収入につながることもある一方で、著名人である親に自分のことを描かれてしまう(書かれてしまう)子供の苦悩も否定できません。筆者に子供はいませんが、もしいたら子供をネタに色々と書いていたと思うので、ドキッとしました。

親にもプライバシーがある

いま日本は超高齢化社会です。そんななか、年老いた親のエピソードをどれぐらい身内として外部に発信してよいものなのか、迷うところです。親の介護にまつわることを周囲に全く話してはいけないとなると、それもつらそうです。かといって「ボケた」などと面白おかしく話すのはアリなのかナシなのか、親の病状などのプライバシーについてどれぐらい話すことが許されるのかなど、色々と課題もあり、さじ加減が難しい部分もあるのではないでしょうか。

娘が母親について発信する場合も、その逆の場合も、時にトラブルが起きがちなのは、「自分がいいと思うなら相手(子供や親)もいいと思うはず」という前提が自分の中にあるからかもしれません。母娘といえども、それぞれが別の人格をもった人間で、当然親には親の意思、そして娘には娘の意思があるのだということを互いに自覚しておくとトラブルも防げそうです。

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サンドラ・ヘフェリン
サンドラ・ヘフェリン
コラムニスト

ドイツ・ミュンヘン出身。日本在住23年。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「多文化共生」をテーマに執筆活動中。ホームページ「ハーフを考えよう!」。著書に「ハーフが美人なんて妄想ですから!!」(中公新書ラクレ)、「体育会系 日本を蝕む病」(光文社新書)、「なぜ外国人女性は前髪を作らないのか」(中央公論新社)、「ほんとうの多様性についての話をしよう」(旬報社)。


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