村雨辰剛〈前編〉 19歳で日本移住…朝ドラ出演は想像してなかった

2021年から2022年にかけて放送されたNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」で、主人公・安子と運命的な出会いを果たすアメリカ進駐軍の将校ロバートを演じて注目を集めた村雨辰剛さん。「趣味の園芸」「みんなで筋肉体操」などの番組でもおなじみの村雨さんですが、本職は庭師。スウェーデン生まれの33歳です。6月に、日本で庭師となった背景や俳優としての活動などについてつづった自伝エッセイ「村雨辰剛と申します。」(新潮社、税込み1760円)を出版しました。人気番組「徹子の部屋」に出演するなど、活動の幅が広がってきたことについて伺ってみるとーー。

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「カムカムエヴリバディ」の反響に驚いた

朝ドラに、しかも主人公の行く末を決定づける重要な役のオファーを頂いた時は驚きましたが、実際出演してみて、こんなに反響が大きいのかとさらにびっくりしました。出演後は、庭仕事の最中に、「ロバート、なんでここにいるの?」と声をかけられることもありましたから。

俳優の仕事など、ここ数年で庭師以外の活動の場が広がりましたが、スウェーデンから日本に来て庭師になった背景も含めて、僕の人生は情報量が多すぎて、短い時間では伝えきれません(笑)。「徹子の部屋」でもしゃべりすぎて、ちゃんと伝わったかどうか……。2019年に一度エッセイ本を出したのですが、それから時間がたってさらに考えを熟成することができたので、今こそうまく伝えられるのではと思っていました。そんな時に、タイミングよく出版のお話をいただいたんです。

庭師の村雨辰剛さん
ファッション誌のモデルも務める村雨さん。仕事着も着物も美しく着こなす(c)木村直軌/新潮社

今年34歳になりますが、かつて日本語の勉強を始めたばかりだった16歳の僕が、想像もしなかったところにたどり着きました。スウェーデンで生まれ育った僕が日本に興味を抱くきっかけになったのは、中学時代の世界史の授業でした。戦国武将の逸話にはワクワクしましたね。また多くの国境が互いに接しているヨーロッパ諸国と異なり、島国で、それゆえ鎖国が成立したことなど、歴史的背景がすごく変わっている。謎だらけだと感じ、夢中になったんです。

生まれ育った町から、できるだけ遠い世界へ行ってみたいと夢見ていた当時の僕は、「日本を冒険したい。日本語を話したい」という情熱に駆られて、日本語の勉強を始めました。両親が買ってくれた英日辞典を常に持ち歩き、片っ端から単語を覚えていって。辞書はその後何冊も買いましたが、一番長く使い続けたのはこの辞典です。

運が良かったのは、IT技術が進んだ時代に生まれたこと。自分の部屋にこもってパソコンで日本について検索したり、ボイスチャットで日本人と会話をしたり、日本語の音源をiPodにダウンロードして一日中聞いたりしていました。日本語の勉強に没入しすぎて、学校でも「日本人」とあだ名がつくくらい、ちょっと浮いていたようですが、僕は人の目を気にしないところがあって。やりたいことがあると、すぐにやらないと気が済まないし、好奇心にはあらがえません。

念願かなって憧れの日本へ

日本の高校へ留学したいと思い、インターネットで高校のホームページを検索し、リストアップした学校に直接電話をかけましたが、良い結果にはつながりませんでした。でも、チャットで親しくなった60代の男性が僕の熱心さを面白がって、「うちにホームステイしますか」と誘ってくださった。その方のご家庭では、何度も留学生を預かった経験があったんです。

ホームステイさせていただいたのは、鎌倉に近く、お寺や神社が多いエリアで、お宅は庭つきの日本家屋。毎日日本食をお箸でいただきましたし、温泉に連れて行ってもらったり、茶会に参加したりと、日本文化を満喫した3か月でした。

帰国した時には、17歳になっていました。スウェーデンでは高校卒業時に進路を決めておくのが普通です。僕は、いつか必ず日本に住みたいと夢見る一方で、空軍のパイロットだった父に憧れ、18歳からの徴兵期間を機に軍隊に入隊することも考えていました。けれど、当時のスウェーデンでは長く武力衝突もなく、徴兵制の廃止が取り沙汰されていた。僕は日本へ行くべきなのではないかと思うようになりました。

すでに合格していたレンジャー部隊を蹴ってでも、日本に行きたい。アルバイトで渡航費をため、日本の友人たちにも助けられ、名古屋の語学学校で講師として就職することが決まりました。19歳だったその時点では、仕事の内容は重要視していませんでした。もし、将来日本に帰化するとしたら、一定期間以上、生計を立てながら日本で暮らしている必要がありますし、まずは日本の社会の中でしっかりと自分の立場を固めることが大切だと思ったからです。

2011年3月11日。東日本大震災が起きた時も、名古屋にいました。スウェーデンの母が心配したため一時帰国することに。大変な災害だったけれど、僕が住んでいた地域では普通に生活できることを説明し、この先は日本の伝統的な仕事に挑戦してみたいのだということを熱弁しました。今度こそライフワークと言える仕事に出会うために日本へ戻った時、僕は23歳になっていました。

【村雨さんインタビュー後編:庭師と俳優を両立。猫派か犬派かと聞かれたら…】はこちら

(聞き手・読売新聞メディア局 深井恵)

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村雨辰剛 (むらさめ たつまさ)
庭師・俳優

1988年スウェーデン生まれ。日本の歴史や美意識に魅了され、独学で日本語を学び始める。学生時代に日本でのホームステイを経験後、19歳で来日し、語学講師として働く。23歳の時、日本の伝統文化と関わる仕事をするために造園業に飛び込み、修業期間を経て庭師となる。26歳の時に帰化し日本国籍を取得、村雨辰剛に改名した。タレント・モデル・俳優としても活躍しており、「みんなで筋肉体操」「カムカムエヴリバディ」などに出演。著書に「僕は庭師になった」「村雨辰剛と申します。」がある。

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