在日コリアンの家族を写し続けてきたヤン・ヨンヒ監督の約10年ぶりの新作。父を主人公にした「ディア・ピョンヤン」と対を成す作品で、老いた母にカメラを向けた。身内にしか撮れない生々しい映像で、国家に 翻弄 された家族の悲劇を世に問いかける。
その母は大阪で一人暮らし。夫が他界した後も、“地上の楽園”に帰国させた息子たちに、借金をしてまで、仕送りを続けている。ヤン監督はそのことを心の中で責めていた。そんな中、母がアルツハイマー病を発症する。
「スープ」とは、母が娘の婚約者に振る舞った鶏のスープのこと。婚約者は、かつてのこの家では考えられなかった日本人で、母の味を覚えようと台所に立つ。スープが実においしそうで、見ているこちらまで幸せになる。しかし、映画は、済州島から研究者が訪問したあたりから暗転する。

大阪で生まれ育った母は大戦中、差別と貧困に苦しみ、済州島に疎開する。そこで米ソ冷戦を背景にした島民の虐殺事件「四・三事件」に巻き込まれる。韓国政府への不信感が募り、日本に避難。北朝鮮を信じ、家族は離散する――。
追悼式出席のため70年ぶりに訪れた済州島。忘れたのか、思い出したくないのか、母は沈黙を貫く。若き日の母の壮絶な体験を知った娘の目から涙があふれる。
懸命に生きる人々を不幸にする「イデオロギー」とは、一体何なのか。タイトルをかみ締める。苦い味がする。
(読売新聞文化部 田中誠)
スープとイデオロギー(PLACE TO BE)1時間58分。渋谷・ユーロスペースなど。11日から。
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読売新聞文化部の映画担当記者が、国内外の新作映画の見どころを紹介します。
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