尽くしてくれない恋人に疲れた。見返りを求めるのは愛ではない?

「無償の愛とは」と題する男性からの投稿が、掲示板サイト「発言小町」に寄せられました。20歳のトピ主さんには交際10か月になる彼女がいますが、現在お互いの気持ちを確かめ合うために冷却期間に入っているそうです。トピ主さんは彼女に尽くすタイプだそうですが、彼女の側からは「あまりにも何もしてもらえず」「尽くすことに疲れた」と感じるようになった、とのこと。見返りを求めないのが本当の愛とよく言われるが、尽くし尽くされる関係こそ愛ではないのか……と問いかけています。

「愛されたい」から必死で尽くしていたのかも

投稿には、「彼女からきちんと愛されている実感があれば、こんなふうに思わないんじゃないか」という記述も。この一文から察するに、もしかしたら最近のトピ主さんは「彼女を愛している」という気持ちよりも「彼女に愛してほしい」気持ちのほうが強くなりすぎたことで、以前にも増して、尽くす行為がエスカレートしていたのではないかと想像しました。

彼女からは、やってもらうのが当たり前に思えて甘えていた、正直(トピ主さんを)好きかどうか分からない……と言われたとのこと。見返りを求められていることを肌で感じ、彼女は「期待に応える自信がない」と思い始めたのかもしれません。

かのビートルズは、「結局、あなたが受け取る愛は、あなたが与える愛に等しい」といったメッセージを伝えていますが(The Beatles『The End』)、自分が欲しい愛情をもらえていないと感じるときほど、自分が伝えている愛の“質”について考えてみるのは一案です。

【恋活小町】は毎週月曜更新! 恋愛に悩んでいるあなたへの処方箋

愛の質を大きく分けるのは、「見返りを求めるかどうか」というよりは「相手らしさを受け入れることができるかどうか」ではないか、と個人的には思います。相手を自分の思いどおりにしたくなったら、それはエゴや嫉妬などの愛とは違う感情、という見方ができるからです。

愛とは「かわいさの発見」である……などと表現している書籍もありますが(参照:『アーモンド』ソン・ウォンピョン著・矢島暁子訳/祥伝社発行)、相手の自然な姿のなかにかわいらしいと思える部分をたくさん見つけてしまう、というのも愛のなせる技と言えるでしょう。

つまり極論かもしれませんが、自分への愛を表現しない彼女さえも「それが自然な姿ならそれでいい」「人としてのかわいらしい部分をそばで見守りながら、尽くせることがうれしい」と穏やかに見つめられたときに、彼女はトピ主さんの愛情をありがたいものとして実感するのかもしれません。

交際していても、愛は「要求」できないものだから

とはいえ、トピ主さんも疑問に感じているとおり、「片方だけが一方的に尽くす関係」を長期的に成り立たせるのはなかなか難しいのも事実です。彼女の喜ぶ顔が見たくていろいろやってあげてきた……という記述を見る限り、トピ主さんも交際をスタートした当初は見返りのない愛情で接していたのかもしれませんね。ただ「1年近く経っても、彼女側の愛情が育っていない」とむなしさや苦しさを感じるようになり、見返りを要求したい気持ちが膨らんできたのではないかと推測しました。

「お互いが助け合うwin-winな関係、尽くし尽くされる関係こそ愛ではないのでしょうか」とのことですが、確かにそれがかなえば、理想的なパートナーシップになると思います。しかしながら、愛は無理強いや要求ができないものである、ということも同じく心得ておく必要があります。

「彼女に尽くしてもらうにはどうすればよいのでしょうか」とのことですが、愛はその人の心のなかから生まれるものなので、交際している事実があるからといって無理に引き出すことはできません。その観点で言えば、「尽くし尽くされる関係」というのは、お互いの心に同じくらいの愛の分量があって初めて成り立つものと言えるでしょう。

以前にもご紹介しましたが、「両思いって片思いと片思いがたまたまうまくいってるだけなんだ……」「愛することと、愛を要求することは別のことだね」といった言葉の深淵について考えてみるのもおすすめです(参照:『愛のシッタカブッタ』小泉吉宏著/メディアファクトリー発行)。

「一緒にいたい」という気持ちが勝るかどうかが鍵に

自分と相手が同じくらい「尽くし尽くされる関係」を望むのであれば、同じくらいの愛情を持ち合える別の相手を探す、という選択肢もあります。しばらくはつらいかと思いますが、それを乗り越えた先では、今よりも満足のいく交際ができるかもしれない、という可能性については想像してみるといいかと思います。

また今の彼女と冷却期間の後、もう一度やり直すためには、お互いに「やっぱり一緒にいたい」という気持ちが持てるかどうかが鍵になるかと思います。相手の存在の大切さを再認識し、「愛を要求する・される苦しさ」よりも「一緒にいたい」という気持ちが勝るならば、同じ時間を共有するなかで、新たに愛情を育んでいける可能性もゼロではない気がします。

万が一、別れを選んだとしても、これまでの愛情がすべて無駄になったわけではありません。それがお互いの癒やしや勇気、心強さになってくれていた時期もあったのでしょうし、それによって可能になった人生の選択肢もあったことでしょう。「愛とは何か?」について考えた経験も、これから良い人生を送るため、良いパートナーシップを築くために必ず役立ってくれると思います。応援しています。


働く女性を応援するOTEKOMACHI(大手小町)の新着ニュースをチェック
 

あわせて読みたい

外山ゆひら(とやま・ゆひら)
フリーライター

哲学や心理学、芸術文化の分野に関心が高く、対人関係やコミュニケーション、生き方に関する記事を中心に寄稿。産業カウンセラー・心理相談員資格有。

Keywords 関連キーワードから探す