「東京2020」で河瀬監督が目を向けた「人生の金メダリスト」

東京五輪の公式映画ではあるが、公的な記録映像というよりは、私的な映像作品に近い。観客が目にするのは、総監督である河瀬直美が考える、五輪のあるべき姿。監督を依頼された時、「私にしか撮れないものを求められた」という。まさにその通りの映画になっている。

日本の美しい風景と「君が代」で始まった映画は、コロナ禍に見舞われた世界各国の都市や、国内での五輪反対デモの様子、開催延期の記者会見、無観客の開会式と、忘れかけていた苦い現実を突き付ける。思い出は美化されるものだなと気付く。

最初に取り上げる選手は、シリアの兄弟。続けて、乳児と夫を連れて来日した米国の女子バスケの選手。対比するかのように、開催延期を受け、育児を優先して現役を引退した、日本の女子バスケ選手にカメラを向ける。

中学、高校とバスケに打ち込み、映画監督になってからは、子育てをしながら国内外を飛び回る河瀬監督ならではの着眼点か。これほど赤ちゃんが出てくる五輪の記録映画は、おそらくこれまでなかったはずだ。

「東京2020オリンピック SIDE:A」
(C)2022 -International Olympic Committee -All Rights Reserved.

新たに正式競技になったスケートボード、サーフィンの会場にも足を運ぶ。編集で切り取ったのは失敗した選手に対するライバルの優しさ、自然に左右される競技の残酷さ、選手の無念さ。メジャーな競技も名場面集にはせず、政治に 翻弄ほんろう される選手、人種差別を受ける選手らの内なる闘いに目を向ける。

繰り返されるのは、アスリートも人間であるというメッセージ。五輪で金メダルを取ることも大事だが、人生の金メダリストを目指すことの方が大事ではないのか、と勝利至上主義に疑問を投げかける。クライマックスに再び出てくる女性の涙が胸を揺さぶり、藤井風のメインテーマ曲が心を優しく包む。

1964年の東京五輪の公式記録映画を撮った市川崑監督は、選手の表情や肉体をクローズアップし、五輪は平和の祭典であることを強調した。“2020年”の河瀬監督は、スポーツが人生の一部である人たちの苦悩や葛藤に目を向け、オリンピック精神を思い起こさせようとする。努力、根性、勝利の人だと思っていた河瀬監督が、この結論に至ったのが興味深い。

日本の男子柔道や女子バスケに時間を割く一方、取り上げなかった競技も多い。不満を感じる人は少なくないと思うが、作家性を貫く姿勢はさすがだった。

(読売新聞文化部 田中誠)

東京2020オリンピックSIDE:A(国際オリンピック委員会) 2時間。TOHOシネマズ日比谷など。公開中。「SIDE:B」は24日公開予定。

◇    ◇    ◇

読売新聞文化部の映画担当記者が、国内外の新作映画の見どころを紹介します。
読売新聞オンライン「エンタメ・文化」コーナーはこちら

あなたのきょうの運勢は? 12星座ランキング 

あわせて読みたい

OTEKOMACHI(大手小町)は働く女性を応援するサイト。キャリアやライフスタイルに関する情報が満載です!

Keywords 関連キーワードから探す