瀬戸内寂聴、36歳のメッセージ。「全身全霊で恋にぶつかれ!」

2021年11月9日、99歳で亡くなった作家で僧侶の瀬戸内寂聴さん。34歳の時、瀬戸内晴美の名で作家デビューすると、情熱的な恋愛経験を昇華した作品を次々発表して一躍人気作家となりました。若き日のエッセーには、自立した大人の恋愛観が垣間見えます。36歳当時の寂聴さんが明かす、恋に成功する女に共通する秘密とは――。(『婦人公論』1958年8月号「恋愛におけるセールスマンシップ ためらわず恋愛PR戦に打ち勝て」より)

いかにして意中の彼に独身主義を捨てさせたか

私の友人に独身主義者だった立派な哲学者と人も羨むような美しい結婚生活を送っている人がある。

まだ若々しい助教授で博学で、趣味が深く、魅力的でしかも肉親もなくお金持だったその助教授の周囲には、いつでも何人かの女子学生が遠まきにしている観があった。彼が講義をもっている大学以外の学生まで、彼の学識と人格を慕ってより集まってくる有様だった。

「学問をやりぬくためには家庭もてないなんて、ウソだと思うわ、世のつねの家庭じゃない家庭をつくればいいじゃないの、あたしは、彼をどうしても結婚させてみせる」

美貌で勝気で才気のあるS子という一人の女子学生が、彼にあこがれて、週一回研究会をつくっている仲間たちに宣言した。たくさんの男性から、いつでも、愛を捧げられているS子なら、情熱をかけてプロポーズすれば、それは可能なことかもしれないとみんなは思っていた。

「S子ならしかたないわ、あたしたちあきらめて祝福してあげる」

みんなは、いくらか野次馬気分で、事のなりゆきをみまもっていた。

ところが、半年たっても、一年たっても、S子の攻勢に、びくともしなかったその学者が、突然、その研究会の中では、一番無口で目だたない、A子と、電撃的な結婚をしてしまった。

それから五年、二人の結婚生活ははた目にも平和で静かで、その学者は、結婚後、ますます研究の成果をあげ、まもなく二人でスイスの大学へ数年の予定でまねかれて旅立つことになっている。ささやかな私一人の計画したお別れパーティに、気持よく出席してくれたA子に、私は、彼女が結婚以来、はじめて訊ねてみた。

「ね、あなたたち、どっちがプロポーズしたの?」

A子は、白い頬を少女のように赤く染めて、いやね、そんなことおききになってと、しばらく、笑っていた。でも笑いがおさまった時、はっきりいった。

「それは、わたくしよ。だって、彼は、うんという瞬間まで、独身主義者だったんですもの」

それからまた、くっくっと笑いだした。

「命がけだったわ、この人に愛してもらえないなら、死んだ方がましだと思ってたんですもの、結婚してくれとはいわなかったの。一生そばにいたいっていったの」

「同じことじゃない」

「あら、ちがうわ、彼の弟子でも秘書でもいいと決心したんですもの」

「S子のことしっていた?」

「しってたわ、美しさでも才気でもとてもかなわないと思った。でも、愛情じゃ、まけないと思ったから、勇気が出たの。もし、今夜にでも、天災がふってわいて、このまま死んでいったら、あたしのこの想いは彼が永久にしらないんだと思うと、たまらなくなったの、それでその夜、すぐ、彼のうちへかけつけていった」

私は、おどろいて、まだ娘時代のように清純なおもかげののこっている白いA子の顔をまじまじみつめてしまった。

「何ていったの?」

「それがねえ……毎朝、あなたのために、お台所で朝食をつくるのは、どんなにたのしいでしょう。まっ青な葱をきざむとき、どんなに、葱の色が、冴え冴えと美しくみえるでしょうって、いったの」

私たちは、声をあげて、笑いだした。

女子大から東大の仏文にすすんでいた理智的なA子の愛の告白にしては、なんとしおらしいいじらしい表現だったことか。けっきょく、彼女の夫は、A子に、男の盲点をつかれてしまって、独身主義をすてたということになる。

コンプレックスを魅力に変える

もう一人の私の友人B子は、小柄で、愛くるしかったが、色が黒かった。コンブというのがニックネームだった。小さい時、口の悪いアニキにつけられた色が黒いという意味のそのあだ名を、内心とてもいやがっていた。それが年ごろになると、自分から友人にコンブというニックネームを宣伝していた。

コンブは、いつのまにか職場で、いかにも真面目で将来性のある恋人を獲得した。

「コンブってあだ名の由来知っている?」

二人でお茶をのみはじめのころ、彼女は彼にきいた。

「色が黒いからだろ?」

「アラ、失礼ね、コンブって噛んでいるうちにだんだん味が出てくるじゃないの、その意
味よ、あたしとつきあってみてね」

「わあ、ショッてら」

けっきょく、彼は、彼女のコンブの魅力にひかされて、つきあうほどに、彼女の味がわかり、結婚へゴールインした。

B子は、恋人にしけてるという女の子たちにあうたびにシッタゲキレイする。

「要するに、PRよ、頭のいいセンスのいいPRを忘れちゃだめよ。生活のあらゆる場で」

女の素顔を美しくするものは

けっきょく、ビューティ・スクールに日参して、二十何色とかのファンデーションを駆使する技術を習得しても、魅力的なお尻のふり方を研究しても、もっと、勇敢に、整形病院にとびこんで、生れつきの人相をすっかり鋳直してもらって美人に誕生しなおしても、匂いのない美しい造花が誕生するだけではないだろうか。

花がうちからそれぞれの個性のある匂いを発散するように、頭と、心にみがきのかかった女は、不思議な匂いを身辺にただよわすものだ。それが彼女のかもしだす、雰囲気というものである。

恋に成功した女のすべては、彼女しかもたない雰囲気をしっかり身につけ、恋を自覚した時は、全身全霊で、恋にぶつかっている。

男に跪かせて愛を訴えさせることだけを女のプライドと心得ているなどは、およそ時代錯誤の十九世紀的センスである。

恋のPR戦の勝利者となるには、自分という花が、いつもいきいきと新鮮な匂いをただよわせるよう、新鮮な知識をすいとることを忘れないで、恋に向っては、勇敢にぶつかり、自分を出しおしみしてはならない。いい泉というものはくめばくむほどこんこんと清水をふきだすものである。

40代の瀬戸内寂聴さん
恋にも仕事にも情熱を燃やした40代の瀬戸内さん

外から、ぬりたくった色彩は、どんなに人の目を眩惑しても、恋が成就した朝には、必ず、女は、素顔を恋人にさらけだすのだということを忘れてはならない。

素顔に自信をつけるように、といっても、マッサージや栄養クリームで手入れした肌をいうのではなく、女のうちからにじみだす知性と情感が、どんなファンデーションよりも女の素顔を美しくしてくれることを、女はもっと自覚すべきではないだろうか。品質と性能の低い品物はいくら声をからして宣伝しても買手はふりむかない。近頃の買手は、品物に非常に目がこえてきているから。

【写真提供】中央公論新社

※このエッセーは、「99年、ありのままに生きて」(中央公論新社)に収録されたものを再編集したものです。

「99年、ありのままに生きて」
(著:瀬戸内寂聴/中央公論新社)
大正・昭和・平成・令和 四つの時代をかけぬけて――「今、生きていてよかったと、つくづく思います」。デビューまもない36歳のエッセーから、99歳の最後の対談まで。人々に希望を与え続けた、瀬戸内寂聴さんの一生をたどる決定版。

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