瀬戸内寂聴秘書・瀬尾まなほ「静かに眠っているようなお顔でした」

作家で僧侶の瀬戸内寂聴さんが、2021年11月9日に99歳で逝去しました。100歳を迎える予定だった2022年5月に刊行された「99年、ありのままに生きて」(中央公論新社、1760円)には、寂聴さんの秘書を11年務めた瀬尾まなほさんが追悼文を寄せています。寂聴さんから教えてもらった大切なこととは――。

先生のいない寂庵の春

十一年近くそばにいて、つくづく感じるのは、先生の好奇心の豊かさです。常に好奇心が全開で、何でも面白がるのです。たとえば「私、もう九十五よ。こんなことしたら、おかしいわよね」などと言いながら、つけまつ毛にチャレンジしてみたり。私が着ている服を気に入り、「同じのがほしい」と言い出すことも。一緒に外食をする際、私が食べているものを「自分ばっかりおいしいものを食べて」などと、悔しがることもありました。口では「九十六だから」「もうすぐ百」などと言いながら、実際はあまり年齢を自覚していなかったのではないでしょうか。若い人と一緒にいると、自分も同じように思っている。そこが、若さの秘訣だったように思います。

お好きな言葉は、「青春は愛と革命だ」。でも先生にとって「青春」とは、実年齢が若いという意味ではないと思います。ベテランスタッフが皆さんそろってやめられた時も、「寂庵、春の革命」と名づけ、九十歳から新しい生活を始めようとなさった。常に「これからどう生きるか」を前向きに考え、人生を更新し続けているように感じました。

作家として「小説を書くこと」への強い思いも、ギリギリまで衰えることはありませんでした。何より光栄だったのは、ある時期から、誰よりも早く原稿を見せてもらえる機会が増えたことです。私から各出版社に原稿を送るので、その前に読むことを許されていたのです。

読むたびに、「わぁ、すごい!」と打ちのめされ、尊敬の念がどんどん増していきました。先生からいただいたご縁で、私もエッセイを書きましたが、小説は無からの創造です。それがどれほど大変なことか。そばで見ていて、壮絶さにおののいたこともあります。ときにはふとした時の私との会話が小説に登場したりもし、作家というのは常にあらゆることをインプットし、アウトプットしているのだ、それが「作家脳なのだ」と、圧倒されていました。

先生は寂庵で過ごす時間がとても好きでした。とくに廊下から庭を眺めるのが好きで、そのたびに「こんないいところはないよ」「最初は何もなかったのにね」と言っていました。全国あちこちで苗木をいただいたり、贈られたりして、少しずつ庭が育っていったそうです。

瀬戸内寂聴さんと瀬尾まなほさん
昨年の6月、京都・嵯峨野の寂庵の庭で(c)霜越春樹

先生が庭を眺める時は、たいてい私も横にいます。「ほら、梅が咲いている」「次は満作が開くわよ」などと話してくれることもありますが、「あの花、なんですか?」と聞くと、「覚えてない」と答えることも多くて。「もう何年も住んでいるのに知らないんですか」などと、突っ込みを入れて二人で爆笑しました。

以前の私は「花より団子」の人間でしたが、寂庵に通うようになり、自然の移ろいの美しさを知りました。先生も季節の訪れを感じる庭が大好きで、死ぬまで寂庵にいたいというのが希望でした。ですから病院で最期を迎えたことだけが、ちょっぴり心残りです。でも最期は大好きな寂庵に帰ることができたので、よしとしなくてはいけないでしょう。

寂庵での密葬には近しい人や親族が集まりましたが、先生は本当に静かに眠っているようなお顔でした。「今にも起きてきそう」などと語り合い、本当に和やかに見送ることができました。

二〇二二年三月、寂庵で働くようになり丸十一年を迎えます。今までで一番、しんどい春です。なぜなら、何かあっても、どうすればいいのかを聞ける人がもういないから。心の中で「先生が生きていたらこう言うだろうな」と考えながら、動いています。
 
自分にとって本当に大切だった人がいなくなるのは、自分から何かもぎ取られたような感覚です。でも一緒に過ごすことができた十年半は、私にとって人生最高の宝物であることは確かです。この経験を糧に、これからも前を向いて生きていきたいと思います。

最後に。
 
先生と出会えて、とても幸せな日々でした。本当にありがとうございました。

(瀬尾まなほ/瀬戸内寂聴秘書)

【写真提供】中央公論新社

※この記事は、「99年、ありのままに生きて」(中央公論新社)に収録されたものを再編集したものです。

「99年、ありのままに生きて」
(著:瀬戸内寂聴/中央公論新社)
大正・昭和・平成・令和 四つの時代をかけぬけて――「今、生きていてよかったと、つくづく思います」。デビューまもない36歳のエッセーから、99歳の最後の対談まで。人々に希望を与え続けた、瀬戸内寂聴さんの一生をたどる決定版。

Keywords 関連キーワードから探す