私を救ってくれたすごい言葉

ふとしたときに思い出し、そのたびに心を軽くしてくれる言葉がある。

たとえば、友人のひとりが心身の不調で休職することになったとき、ほかの友人がLINEグループに投下してくれた「ま~私たちは本来、歌って踊って暮らす側の人間だからね」というひと言。そのメッセージを初めて見たときは、さして気にも留めず「そうだそうだ」と適当な相づちを打ったような記憶があるのだけれど、じわじわと時間がたつにつれ、「あれすごい言葉だったな……」と感銘のようなものが押し寄せてきた。

自分が不調で思うように働けないときも、「まあ、本来は歌って踊って暮らす側の人間が働いているだけでも偉いよな……」と考えるようにすると、ふしぎな納得感と爽快感がある。いちど、それを言ってくれた友人に「あれすごい言葉だったよね、言ってくれてありがとう」とお礼を伝えると、「基本、働くのはそっち側の人間に任せておけばいいんだからさ」と励まされた。「なんて格好いいんだ」と思わず感激してしまった。

念のため書き添えておくと、人をその2種類に本気で二分している、という話ではもちろんない。自罰的になりがちな人に対して、責任や重荷を一瞬でもその手から放棄させるような言葉を軽やかにかけられる友人のことが、すごくまぶしく思えた、という話。「歌って踊って暮らす側」ほどダイナミックで陽気な言葉は、たぶん私の語彙ごいからは出てこない。だからこそ印象深いし、なんならすこし悔しかった。自分には言えないような言葉で世界をすこしだけ明るくしてくれる人に出会うたびに、ありがとう、と心から思うし、ほんのちょっとだけ嫉妬もする。

悪意が入り込む余地がない食べもの

そういう類いの、自分にとって忘れられない言葉はほかにもある。

昔、知人からほんとうに理不尽な悪口を言いふらされて、落ち込んでいたことがある。事情を知ったやさしい友人が、その人の言葉に耳を貸すなと周囲にくぎを刺してくれたのだけれど、周囲に対する不信感が自分のなかで膨れ上がり、爆発しそうになっていた。

かばってくれた友人と夜中に電話しているとき、私が「人がみんな敵に見えてきた、もうだめだ」と思わず弱音を吐くと、友人がとつぜん、「めちゃくちゃ甘いものを食べるといい、ミルクレープとか」と言った。「ミルクレープには、悪意が入り込む余地がない」。

その言葉を聞きながら頭のなかでミルクレープのかたちを想像してみて、その通りだ、と思ったのを覚えている。生地と生クリームがすこしの間隙かんげきもなく折り重なっているあのケーキに、いやなもの、感じの悪いものが入り込む余地は1ミリもない。私は妙に感心してしまって、電話を切るとすぐ、ミルクレープを買いにコンビニに走った。

あれ以来、ミルクレープを食べるたびに、そのときの友人の言葉を思い出して「なんて完璧な食べものなんだろう」と幸福をかみしめている。

ミルクレープ
画像はイメージです

自分の言葉が相手に残ることもある

自分でも誰かにそういう言葉がかけられたらいい、と願わずにはいられないけれど、そんな不純な動機でかける言葉が人の心に残るわけはないよな、とも思う。ただ、人から「あのときの言葉うれしかったよ」と不意に言ってもらえることはときどきあって、(自分で言ったことを忘れているケースがほとんどだけれど、)気恥ずかしくもうれしい気持ちになる。

すこし前に小学校の同級生とすごく久しぶりにお酒を飲んでいたとき、彼女が小学生時代、泣き虫だったという思い出話になった。その同級生は、授業で先生の質問にうまく返答できなかったり、強気な生徒にからかわれたりするたびに、ワッとその場で泣き出していた記憶がたしかにある。

「でも一度、私が泣いてたら、『傷つかない心のほうがもろいんだよ』ってシホちゃん言ってくれたことあったよね。あれすごくありがたかったな」

と彼女に言われて、恥ずかしさのあまり、手元のお酒をこぼすほど爆笑してしまった。そんな格好いいことを言った記憶はまったくないけれど、そういうのって言われた側のほうがはっきりと覚えているものだし、たぶん言ったんだろうな、と思った。その日はそのまま子ども時代の話でずいぶん盛り上がり、ホクホクとあたたかい気分になって帰路についた。

……のだけれど、家に帰ってから酔いが覚め、重大なことに気づいた。私が彼女に昔かけた言葉はたぶん、ほぼ間違いなく、当時はまっていた少女漫画『GALS!』の主人公・寿蘭の台詞せりふをまねて言ったのだ。私はただ、「漫画のキャラクターの台詞をパクってえらそうに友達に伝えたやつ」でしかなかった。

あわてて「ごめん、あれ『GALS!』の台詞だった……」と彼女にLINEすると、「え?笑」とだけ返信がきた。さすがに予想外だったと思う。ごめん、ほんとうにごめんね。

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生湯葉シホ
生湯葉 シホ(なまゆば・しほ)
ライター・エッセイスト

1992年生まれ、東京都在住。Webを中心に取材記事の執筆やエッセーの執筆をおこなう。ブログ:yubalog.hatenablog.com Twitter:@chiffon_06

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